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あの世の沙汰

「いいカネがあったあった!」
は?

「お寺の鐘!大きいよ、K寺のくらいある」
それは、突けばごおおおぉぉぉぉん、というくらいの。
「そのくらい。あの、鐘をぶらさげてる建物」
鐘楼。鐘付き堂ですか。
「そうそう、鐘付き堂がちゃんとある!」

明治の廃仏毀釈でほとんどの寺院が壊滅したこのあたりでは、
復興はおそらく檀家次第だったのでしょう。
たいていのお寺は新しい本堂の軒下にちょこんと下げた
火事で鳴らす半鐘のような、
叩けばかんかんと鳴りそうな小さな鐘ばかりです。
「あの鐘をつく太い棒も」
鐘木といいます。ないと突けません。

自転車で山沿いのコースを走っていた連れは、
ふとお寺の案内板を見かけて立ち寄ったのだそうです。
そうしたら。
「□□家の菩提寺だった」
ああ、なるほど!その手がありましたか。
△△財閥の力をもってすれば、たやすい事でございましょう。
「それが前の鐘は戦争で」
金属供出されたんですね。
では今の鐘は財閥解体後の寄贈ですか。
それでも□□家の財力をもってすれば、鐘の一つや二つ。

それで本堂は。
「見なかった」
鐘だけ見て来たんですか。
「だってすごいよ。総本山のトップの書が彫られてる!」
鐘の銘にですか。こんな辺境の末寺に。
まさしく、△△グループの力をもってすれば。

その山沿いの小さな村には
山のお寺の鐘が深々と響き渡るのでしょう。
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by otenki-nekoya | 2012-01-09 15:41 | 散歩

初詣

「これまでお寺にお参りに行ったらお寺の建物を拝んでいたけど」
お賽銭入れてお堂を拝みますね。
「違った。建物の中の仏様を拝むんだね」
ご本尊です。
そう言われればそう‥‥ですね。
立派な古い建物を拝む訳ではない。
でしたら、廃仏毀釈で建物は打ち壊され、
一時廃寺となったけれど重文の観音様等は守った
町のまんなかのお寺にお参りにいきましょうか。

正月二日の町中は人影もなく、
小さな境内にも人の気配はありません。
「浄土宗か。阿弥陀如来だね」
衆生を極楽浄土に迎える仏ですね。
家内安全とか健康祈願をされても困られるでしょう。
「守備範囲が違う」
神社は何の御利益がある神様か選ぶのに、
仏様ごとにお願いを変えるなんてあまり考えていませんでした。

お賽銭をいれて、アルミサッシの閉まった小さな本堂を拝みます。
‥‥。
「これだけ?」
建物を拝んでいるのではないとはいえ、やっぱり物足りないですね。
階段の下に、『土足厳禁』と書かれた古い木札がたてかけられています。
靴をぬいだら、上がって良いって事ではないでしょうか。
「入っていいの?」
悪い事じゃあありません、ちょいと御本尊を拝ませて頂こうっていう、
‥‥なんだか悪い事みたいです。

おそるおそる階段を上がり、茶色のアルミサッシを引くと
暗い堂内は外から見るより広々として青畳が続いています。
「これは‥‥思ったよりずっと立派だ」
正面奥に御本尊。
「阿弥陀如来。両脇に菩薩」
暗くてよく見えません。
勤行用の冊子をぱらぱらとめくると、
唱える順にお経がいくつも書かれています。
浄土宗でも意外にたくさんのお経を唱えるんだ。
線香、鈴、数珠、お経の並べられた経机の前で手を合わせます。

建物が壊され仏がこぼたれても
必要ならまた造れば良い。
ここは全てが行き届いて整って清く、
信心が保たれているのがわかります。

強い風に雲が流され、
冬の低い日射しが堂内に差し込みました。
天蓋から下がる無数の瓔珞が金の雪のようにきらめきます。
彼方に金色に光り輝く阿弥陀如来。
「浄土だ」

阿弥陀様の前ですが、私は後生を望みません。
無に帰してかまわない。
けれど、今生を全う出来なかったおおぜいの方々を
浄土に迎えていただけるのなら。

南無 阿弥陀仏。
南無 阿弥陀仏。
南無 阿弥陀仏。
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by otenki-nekoya | 2012-01-02 16:26 | 散歩

みほとけの消えたまち

「除夜の鐘って聞いた事がない」
そういえば、この町には大きなお寺がありません。
地方豪族が城を築き、藩政時代は御家老様の領地となり、
いまでこそ辺境ですがかつては水運で栄えた土地なのに。

由緒来歴ある寺はいくつもありますが、
建物が皆比較的新しく小さいのがずっと不思議でした。
都市部のように戦火にあった訳でもありません。
隣村の峻険な山上には大伽藍が残っていますので、
里の寺は地震か津波でなくなってしまったのかとも思いました。

実家の近所の菩提寺は、なにしろ
聖武天皇の勅によって建てられたというものですので、
海の害なく山崩れのおそれもなく川があふれても田畑が受けるという、
平安時代の国司も滞在し戦国大名もその地に生まれた、
自然災害の多発する県の中でも優れて安定した土地にありました。
それに慣れているから奇異に感じるだけかな、と思っていました。

以前、地主さんが近所にあった寺が
「明治の神仏習合で無くなった」と言っていた事があります。
その時は、勿体ないなあ、と思っただけでした。
まさか。

まさか。まさか。
本当に、廃仏毀釈で一帯の寺が悉く打ち壊されていたなんて。
「‥‥なんでそんな事に」
この地は勤王の志厚き土地でしょう。
「ああっ!」
今の穏やかな町の様子からは信じられないのですが。
「‥‥やられた。やられたね」

そんな訳で由緒はあっても、大きい寺がない町だったのです。
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by otenki-nekoya | 2012-01-02 13:23 | 散歩

ゆくとし くるとし

一年最後の締めくくり、
大晦日の夜のTV番組のお楽しみは某公共放送の
‥‥『ゆく年くる年』です。

子供のときから、歌謡番組のざわついた会場から
ふっと闇に浮かぶ寺院に画面が切り替わり、

ごおおおおおぉぉぉんんんん

と除夜の鐘が鳴り響く深遠な雰囲気が大好きでした。

年によっては鐘の音が
かあぁーん、と高かったりしてこける事もありますが、
2011年の除夜の鐘は世界遺産・中尊寺。
突かれている鐘は平時は使われず、
大震災と同時多発テロの時に鳴らされたという特別な鐘だといいます。

鎮めきれぬ災厄が起きた時にだけ。
それではまるで鳴らされてはならぬ鐘ではありませんか。

「中尊寺?金色堂じゃないんだね」
まずは鐘です。
いま映りました。燦然と光り輝く、
ご覧下さい、これが浄土です。
「浄土に居るのは阿弥陀如来だ」
その通りです。
「手前に菩薩」
観音菩薩と勢至菩薩。
「外側に守護をする『天』」
持国天と増長天です。

なんということでしょう。
ついこのあいだまで法事に行って
「ずっとナミアミダだと思ってたらナムアミダって言ってた」とか
「シャカって人間だったの?仏様じゃないの」と言う程の
縁なき衆生が。

まさしく開眼──。
某公共放送TVテキスト『仏像拝観手引』(NHK出版)、
読むだけでこの御利益、おそろしいほど霊験あらたか、
なんと有り難いガイドブックでしょう。

画面が代わり、境内を埋める小さな灯火、
キャンドル──
「万灯会です」とナレーションが入ります。
そ、そうでした。もともと寺院には蠟燭がつきもの。

続いて激しい滝の飛沫をあびる白装束の行者達が。
「こ、これは何教?」
山岳宗教は密教系と結びつきが強いですが、
「密教なら大日如来だ」
滝に打たれながら真言を唱えていますね。
ノウマク サンマンダ‥‥聞き取れないな。
「真言宗?」
いえ真言というのは仏の真の名前で。
あ、磨崖仏ですよ。火炎を背負ったこれは、
不動明王。
「明王は如来の化身だ」

また画面は変わり、五色の布で彩られた壮麗な建物が。
「これは?」
これぞ東大寺大仏殿です。
ほら、正面の窓があいて──大仏様のお顔が。
「るしゃなんとか仏」
あってます。盧舎那仏。
「こ‥‥これは迫力が違う。さすが」
国家事業でしたから。

大画面に映る大仏様の偉容を感心して眺めていた連れが、
ふと思い出したように手を合わせます。
「仏像は鑑賞するだけじゃなくて拝まないといけないんだよ」
そうでした。

年が明けます。

人間の皆様、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

仏の皆様、なにとぞ皆をお護り下さい。
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by otenki-nekoya | 2012-01-01 13:14 |

みほとけの御導き

書店に行っていた連れが買って来たのは
『仏像拝観手引』(NHK出版)。
‥‥意外。

旧教育放送火曜夜放映の『さかのぼり日本史』、
さかのぼる意味はあるのか順番にやってほしいと毎回言いながら、
歴史年表上の出来事を主に経済的側面から評価するのが興味深く、
なんとなく毎回見てしまいます。

その後にやっている仏像鑑賞番組もなんとなく見ていると、
ただ有名な仏像の由来来歴鑑賞法を解説するだけでなく、
なんと藝大の学生さん達が名高い仏像の制作技法通りに
レプリカを作ったり修復をしたりする行程を見せてくれるのです。
見ているうちに自分でも大日如来のひとつも
彫りたくなってくるという有り難い番組です。

こんなタイトルだったんですか。
仏像なんかに興味はないと思っていたのに、
テキストを買って来てしまうほど気に入ったんですね。

「いつか奈良に行く時のガイドにもなるし」
奈良、そんなに行きたいですか。
連れはTVで奈良が映る度に「奈良には行った事がない!」
と叫んでいます。

みほとけ達は千年前から待っている。
焦る事はありません。
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by otenki-nekoya | 2011-12-25 13:44 |

明治節まで雨だなんて

いつも部屋から見下ろす川に沿って、
傘をさして歩いていると、
暗い水面からきらきら輝く青いものが
暗く枝垂れた枝先にとまりました。

長い嘴、橙色の腹。
カワセミです。

青い海は今日も見られなかったけれど、
青いかわせみが見られたから良いでしょう。


『ベッキーさんシリーズ』を読みふけっている連れが言います。
「日本が戦争をしなかったら、こんな世界が残っていたのかな」
財閥、帝国軍人、華族様。
「それとも共産主義革命みたいなものが起きて、やっぱりなくなっていたかな」
みんな憧れますよね。
でもこの時代を再現するために、北村先生は短い話でも
これほどの量の参考資料にあたっています。

「かくのは大変だ」
欧州風の特権階級を出したいときは、マンガやアニメ、
エンターテインメント小説等ならば平行世界という手があります。
「日本が戦勝国に‥‥というのは無理があるね」
架空戦記ものではよくありますが、それだと「未来」
──私達にとっての「現在」が、大幅に変わってしまいます。
「ミッドウェー直後にでも、とにかく講和に持ち込むとか」
あるいは天皇制を残したように、GHQの判断で
他の組織も残された、という設定の小説もあります。

などと話していると、幼い親王様が正装で扇と松の枝を手に、
碁盤から飛び降りるという謎の儀式の映像がTVニュースで流れました。
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by otenki-nekoya | 2011-11-03 18:13 |

この方、この方──

十月初旬の連休の日、用事を放り出し、
とるものとりあえず書店へ行きました。

町に一軒だけの書店では新刊本は大抵売り切れ後免、
一部のベストセラーを除いて店頭に並んだ時に買わないと、
後日再入荷する事はまずありません。
目当ての本は文庫新刊の定位置にひっそりと三冊。

よかった、あった。
私が書店員さんなら、おすすめ本コーナーに三部作揃えて展開するのに。
シリーズ最終巻ですが、畏れ多くも『直木賞受賞作』なんですから。
同じ文春文庫で同時に出たガリレオ先生シリーズなどは
最初から何十冊も並んでいて、途切れる事なく入荷するのでしょうけど。

一体何をそんなに読みたかったのだろう、と
呆気に取られた連れが手に取ったようです。
「思わず見てしまった──最後の話のはじめのところ」
表題作『鷺と雪』ですね。
「読むつもりはなかった。なかったのに、文章から目が離れなくなって」
佳い文章でしょう。
「ついつい読んでしまうね」
国民的作家・宮部みゆきさんが文学の『師匠』と呼ぶ、
国語の先生だった方です。
「師匠?でも宮部さんのほうが年上でしょ?」

お!つまり、「北村薫」さんは四十歳台以下の女性だと。
ふふふふふ。さすがは北村先生、覆面を取ってから二十年経つというのに、
ここにも文体の「たをやめぶり」に騙された者が。
ちなみに私は昔父が買って来た『空飛ぶ馬』を読んだ時、
作者は女子大生「私」ではなく、「円紫師匠」に近い人だろうと思いました。
しかし昭和初期が舞台のベッキーさんシリーズでは
語り手のみならず探偵役までが若い女性ですから、
書き手も女性と思う方が自然です。

私が大慌てで書店に行ったのは、早く読みたかったからではなく、
買っておかないと、この町に欲しい本が入らなくなるからです。
町で一軒の書店に、どういう読者層がいるのかを知らせるため。
ですから急ぎません、お貸ししましょう。

連れは最終話の『鷺と雪』をゆっくりゆっくり読み、
読み終わってため息をつくと、
冒頭から読みはじめました。
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by otenki-nekoya | 2011-10-27 20:35 |

なにわの夢

夕方、連れが仕事を早めに切り上げ、
じたばた準備をしながらぼやいています。
「夜中に目が覚めたあと、起きていたような夢を見ていたような」

ありますあります。
私も夜中に目が覚めて、いけない、もう一度眠らなくちゃ、
でももう出かけないと、と腕時計をはめるんですが、
それがごつい金側のクロノグラフで、
あ、こんな時計持ってないからこれは夢だ、
今眠っているんだな、と少し安心しました。

時計は、前日にTVで俳優さんが身につけた小道具を
「二百九十万円するんだって」
とインタビュアーに見せていた場面から来ています。

「眠りが浅くなってるんだよね」
台風でずれこんだとはいえ、一週間に五回の講演会参加は大変ですね。
でも、今日の講師はH先生なんですね、御高名はかねがね。

「そのH先生が居たんだよ。
大阪城の周りをうろうろしていた。
なんでこんなところに、と思ったけど夢だった」
大阪城‥‥阪大の先生だからですか。
「大阪城は『プリンセス・トヨトミ』読んだせいだ」

『プリンセス・トヨトミ』(著/万城目学 文春文庫)貸したのは、
もう三ヶ月以上前になりますが、今、
無意識下では「大阪城」が「大阪」の象徴になっているんですね。
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by otenki-nekoya | 2011-09-29 19:55 |

亡国の王家

BSは視聴していないので、たまたま地上波で
初回だけ放映されていたBS時代劇で
登場した国王の名を聞いて、懐かしくなりました。

昔、日本人は数少なかった米国南部の町で
親しくなった御一家の姓です。
東京生まれの東京育ち、ちゃきちゃきの江戸っ子、
しかしてその実体は琉球王の直系でした。
末裔というほど遠い話ではありません。
御家代々の墓所も宝物も寄贈され、国宝になったようです。


私は沖縄ではいつもいわゆる滞在型リゾートに宿泊し、
繁華街のほうにはほとんど行った事がありません。
朝食はホテルのバイキング、昼食はほとんど毎回ソーキそば、
ひとけのないグスクにまるで自分の城のように居座ったり、
レンタカーで基地を見物してまわったり、珊瑚礁の海を見たり。

琉球王国統一の歴史と、米統治下時代については少し知ったものの、
現在の日本の一地方としての沖縄はあまり印象にありません。


日本軍敗走後、もし他の南の国々と同じように
独立したい、と願っていたら。
「琉球国!美しいね、琉球国だったら」
場所が良すぎる、というかこの場合悪すぎるといいますか、
強国に囲まれた立地が華麗な文化を育んだわけですが、
囲んだ強国達は小さな島々をそっとしてはくれない。
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by otenki-nekoya | 2011-08-12 18:30 | 散歩

五月雨の降り残してや

台風は遠く去ったようですが、
海岸がすぐそこにあるように
波音がここまで届きます。

 三代の栄燿一睡の中にして、大門の跡は一里こなたにあり。
 秀衡が跡は田野になりて、金鶏山のみ形を残す。
 (平泉)『奥の細道』

「平泉」世界遺産登録、おめでとうございます。
昔、私が訪れた頃、復元中の毛越寺はまだ庭園の池と石組みばかりでした。
緑に覆われた今の様子を見ると、なるほど浄土の庭が甦っています。
金堂を護って来た覆堂はもとより、守り手なくしては遺らぬ人類の宝の
お世話を末代までどうかよろしく。
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by otenki-nekoya | 2011-06-26 17:30 | 美術
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日記


by otenki-nekoya
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