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宝永の町

戦国に敗れた豪族の菩提寺のすぐ下、
近所の公立病院は山裾の斜面にありますが、
海までの間に堤防となる海岸段丘がありません。

二年前に配布された市の「防災のしおり」は
安政の地震(1850年代)レベルを想定して作成されたもので、
今回の大震災を受けて改訂版が出ると思いますが、
被災予想地図の中に、制作者の懸念が残されています。
今回の東の大震災に近いタイプと言われる
プレート三連動型の宝永地震(1700年代)による
津波の被害範囲が念のため、描きこまれているのです。

県庁所在地に「宝永町」という町があります。
地震津波で何もかも消え去った後、
宝永年間に新しく立て直した町だそうです。

近所の公立病院の所在地も「宝永町」と言います。
防災地図で見ると、宝永の津波範囲では
海岸段丘を乗り越え、川を平野奥まで遡り、
市内の既存の医療機関はことごとく水没する位置にあります。

耐震性がないため建て直し工事の始まった
山裾の公立病院の設計は急遽見直されています。
by otenki-nekoya | 2011-06-05 19:18 |