narcia

nekoya2010.exblog.jp ブログトップ

タグ:明治 ( 49 ) タグの人気記事

すべてがエムになる

当時、座敷童のような子(私)がバスの中で読んでいたのは

岩波文庫の『遠野物語・山の人生』でした。


今、手持ちの角川ソフィア文庫『遠野物語』は

『遠野物語拾遺』と合わせて一冊になっています。


連れが買って来た集英社文庫『遠野物語』は、

カバーイラストはホラーコミック風ですが、

『涕泣史談』や『清光館哀史』などがセレクトされています。


その中の一編『女の咲顔』は

「エミ」と「ワラヒ」の違いについて考察されています。


「笑」と書いて「ワラヒ」、「咲」と書いて「エミ」

「咲顔」と書いて「エガオ」


‥‥今シーズンのドラマで工学部のお嬢様大学生を演じている

女優さんの名前、「サキちゃん」じゃなくて「エミちゃん」は

読み方に無理があるなあ、と思っていたのですが

そうだった!柳田翁が「エミ」と読んでいたんだった!


ドラマのキャストを聞いたとき、原作に合わせて

エミちゃん髪を切ったら偉いけど必要ないぞ、と思ったら

さすがにそれはしていませんでした。



[PR]
by otenki-nekoya | 2014-11-02 22:58 |

そこの物語

十月いっぱいはハロウィーン通信ネタになるような

コワいものはないかコワいものはないかと、

そればかり探していました。


何が一番怖かったかと言えば。



十月のある日曜日、

連れが薄い文庫本を読みふけっていました。


柳田国男の『遠野物語』でした。


うわあああああああ。


‥‥どこが怖いのかわかりにくいかもしれませんが、

この組み合わせは全く想定外だったのです。


 経立(ふったち)は恐ろしきものなり。


とはいえ、

若い頃には食べられなかったものや

興味のなかった分野の本が

楽しめるようになるというのは、

年をとる醍醐味のひとつです。



 ある年何某という男、町より帰るとて乗り合い自動車に乗りて

十二、三の女の児の書を読み入るに逢へり。

何読む、と問えば柳田某の『遠野物語』なりと答ふ。


座敷童ではありません。

私です、私。




[PR]
by otenki-nekoya | 2014-11-02 21:55 |

明治は続く(後)

散歩にはあまり向かない強風の吹く中、海沿いを歩きます。
昨夜、土曜ドラマ『足尾から来た女』の後編を見た、と連れに話します。

本当に石川啄木が登場しましたよ。
仰る通りイケメンで、寂しい詩を書いて。
主人公は啄木と仲良くなります。

でも、東京時代の啄木というのはまあ──
みなさま御存知の通り、と申しましょうか。
「貧乏」
それはほとんどの登場人物がそうで、
英子さんにしても与謝野晶子にしても雑誌は大赤字だそうです。
思想や芸術は金にならない、という話ではなくて、
啄木は友人に次々と借金をして、それを遊興費にあてる。
「‥‥すごい才能を持つ人って、なんというかそういうところが」

ダブル石川があまりにも「だめんず」なので、
かえって主人公の自立のきっかけになるという。

『足尾から来た女』は昨年の大河ドラマの続編と言えなくもありません。
官軍のつくった国は、こんな国になりました。
主人公の社会的地位は天と地の差がありますが、
自慢の兄がいる(本人のポテンシャルも高い可能性)
国家権力に故郷を奪われる
女性も勉学をするよう勧められる

主人公はラストのモノローグで、
病院で働くのもいいな、と思いながら東京へ戻ります。
英子さんのような社会活動家ではなくて、
傷ついた兵士の看護をする八重さんのように。


前編の一話だけで終わっても充分な程のクオリティの作品でしたし、
もう一話作って、「大逆事件」の衝撃を受けたダブル石川の
その後の活動を見せてもらいたかったという気も少し、します。

さっちゃんにはそんな事、関係ないか。
[PR]
by otenki-nekoya | 2014-01-26 21:48 | TV

明治は続く(前)

年も改まり大河ドラマも新しくなったというのに
頭の中がまだ明治から戦国に切り替わっていません。

いろいろ引っ張ってきた明治本もまだまだ山積みです。
来年はまた幕末になるそうなので、
それまで塩漬けにしておくべきか?

片付けに悩んでいる時、某公共放送のドラマの番宣がありました。
足尾鉱毒事件?‥‥まさに今日的な題材とも言えますが、
いかにも視聴率取れなそうです。
明治の話だから見てみましょうか。

去年の大河ドラマは日露戦争直前で終わりましたが、
土曜ドラマ『足尾から来た女』は、
まさに日露戦争直後からはじまりました。

最初は、ながら見をしていたのですが、
途中で通りかかった連れを呼び止めます。
凄いですよ、村を出た主人公が女中勤めをするお宅ですが。
さっき宴席に居たのが幸徳秋水、堺利彦、大杉栄‥‥。
「へえー!幸徳秋水!堺利彦!それから誰って?」
連れも驚いて、立ち止まって復唱します。
「北村ユキヤは?何の役?」
さあ‥‥石川君と呼ばれてましたが。
「石川?石川啄木?」
その手があったか。
でも、いくらなんでもこの場に啄木はいないでしょう。
イメージも違うし。
「だよね。啄木はもっとイケメンだ」
‥‥えー、誤解のないよう申し上げておきますが、
ユキヤ氏は連れも大変贔屓の俳優さんです。
昨年大河の最後の方では、
屋敷を訪う一声を聞いただけで誰だかわかって
「あっ!懐かしい声だ!」と大喜びしたくらいです。

「大体、鈴木ホナミは何者なの?」
それが、若い頃は自由党、今は平民社と関わる
女性解放運動家・福田英子で。
「なるほどー、鉱毒事件の縁ね」

石川君(石川三四郎でした)も逮捕され、
村に戻った主人公の目の前で生家が取り壊されます。
県の役人として立ち退きを執行する兄が
自分が二〇三高地で使ったという銃弾を見せ、
「この弾は足尾の銅で出来ている」と諭します。
だからって。だからって、と叫び続ける主人公。

「こういう役をやらせたらオノマチコの右に出る者はいないねえ」
彼等に近づく、黒紋付に白い髭をなびかせた老人──田中正造、
不穏な一団の下に出る『続く』の文字。
「えっ、これ、続きがあるの?」
前・後編らしいです。
「なあんだ」
確かに、この悲壮な対立場面で終わり、でもいいくらいです。
[PR]
by otenki-nekoya | 2014-01-26 21:43 | TV

会津に斃る

中学の頃、狐狸庵先生の作品は少し読んだけれど
安岡章太郎作品は読んだ事がありませんでした。

今年訃報に接し、増刷が出るだろうから読んでみようと
思ったのですが、いつもの書店には一冊も入りません。
有名作家に対しても、時代というものは過酷だなあ。
「追悼」の帯の巻かれた『流離譚(上・下)』(講談社文芸文庫)を
みつけて中も見ず買ったのは秋になっていました。

読みはじめて驚きました。
しまった。もう少し早く読んでいれば。

作者の先祖である、地方郷士達の物語という紹介と、
浪漫的な響きのタイトルからか
なんとなくノスタルジックなものをイメージしていたのですが

先祖の私的小説などではなく、幕末動乱の渦中に身を投じた
安岡兄弟の行動を辿り、詳細な資料に語らせる維新史というか。
それこそドラマ『龍馬伝』でお馴染みとなった人物達が
史実としてぞろぞろと絡んできます。
そのうえ後半、安岡兄は板垣退助率いる土佐迅衝隊の参謀となるので
「奥州攻め」が克明に記されています。
こ、この本で会津のお城を攻める事になるなんて。
八重さんすまぬ、これも巡り合わせいうもんぜよ。

まだ読みかけなのですが、これは読むべき、と連れに上巻を貸すと、
「昔の文章がいっぱいだ。これは私には読めないよ」
それはまあ、安岡兄弟の手紙をメインに、
同時代の記録を付き合わせた構成ですから。
ちゃんと大意は本文でも書いてくれているので、
資料部分は読めなくても大丈夫‥‥
とはいえ、あまりに詳し過ぎ、関心の有る事件でないと
読むのが面倒、という感じはあります。

この慎ましい白い帯に、煽りのコピーを入れられないでしょうか。

『弟は 吉田東洋の 首を取った男
 兄は 会津の戦に 斃れた男』

「ええっ‥‥勤王党だったの!」
だから。流されるのです。
ほんのはずみから、とめどもなく流されてしまうのです。
[PR]
by otenki-nekoya | 2013-12-22 22:23 |

会津の姫君

今年の大河ドラマは最終回だというのに、
主人公の人生はまだ四十年近くありますが。
「最期までやらないんじゃない?」
そういう時もありますね。

その通り、ドラマは日露戦争前までで終わり、
後日譚は最後の紀行コーナーで説明されました。
容保公の孫が皇室に迎えられたと聞いて
連れが感慨深げに言います。

「ああ、よかった!完全に賊軍の汚名は消えたんだ!」

この方は白洲正子の女子学習院初等科以来の仲良しで。
「シラスマサコ‥‥えーと」
白洲次郎の奥方の。
「あ、伯爵家令嬢」

次郎が東北電力会長の時、只見川ダムの式典に招く
スペシャルゲストは誰が良いだろうという事で、
正子が妙案を思いつくんです。
宮様になった松平節子様にお願いしてみよう。
「昭和天皇の弟のお妃だよね」

当日。駅前の通りに紋付姿の御老人が
ずらっと平伏して。

「‥‥。会津の姫様のお里帰りか」
九十年近くの歳月が流れていたとしても。
一同の感激いかばかりか。

主役の出番が少ないとか話が難しいとか言われても
根気よく会津視点でドラマを続けた意義は大きかったと思います。
[PR]
by otenki-nekoya | 2013-12-15 22:10 | TV

鹿鳴く館

全国紙の一面コラムが、日本シリーズの話題に絡めて
中井桜州のロンドンでの珍英会話譚を載せていました。

このひとですよ。
明治元年に英国公使ハリー・パークス卿が
帝に謁見に向かった時、行列に切り付けた凶漢と
激しく刃を交え、後藤象二郎の助太刀でその首を取った。
「あ、中井弘。県知事になったんだ!」

留学していたのは幕末ですから、二十前後の事ですね。
「幕末?密航じゃない」
ジョーと違って、薩長は藩でグルです。
「エピソードは面白いけど、話の流れとしては無理があるなあ」
東北チームの外国人選手を讃えるのに、薩摩藩士の逸話。
「なんで中井さんを持ち出したんだろう」

もしかしたら、「鹿鳴館」の印象が筆者の中にあったのかもしれません。
「鹿鳴館?そういえばこのあいだ大河ドラマで出て来た」
『鹿鳴館』という名前をつけたのが、桜州なんです。
「へええ!じゃあ井上馨とも仲が良いんだー」
井上は中井の奥さん取っちゃったんですけど。


猛攻を受ける鶴ヶ城に篭城した、会津家老職・山川家の幼い娘が
麗しのレイディに成長して十年ぶりにアメリカ留学から戻り、
ドラマの前々回にはついに、
あろうことか鶴ヶ城を攻めた薩摩の砲兵隊長・大山巌が求婚し、
当然の大反対にもへこたれず、
目出たく鹿鳴館の華とうたわれた大山捨松が誕生しました。

「書き手の人は、大河ドラマで『鹿鳴館』の回があったので
『東北』から会津、薩摩から中井を連想した──ということ?」
奥州から桜州とか。
それはわかりませんが、コラムのテーマは、
少々ヘンな外国語でも通じあえる、ですよね。

「捨松は日本語だいぶ忘れてたしね」
それは関係──あるかどうか。
[PR]
by otenki-nekoya | 2013-11-06 22:01 |

二本差し

白刃のようだった陽光は
ようやく黄金色になりました。
それでも触れると痛いほどです。

通りの向こうから、
つやつやしたススキの若い穂を横ぐわえにして
長い大小を左の腰にさし、悠々と歩む影が来ます。

もし、そこのおかた。
せんだって、帯刀を禁じる太政官のおふれが出て

──百年以上経っています。
大河ドラマの時代に合わせ、これまでためておいた本を
あれこれ読んでいるので、こちらの気分が
「明治十年前後」になっているのでした。

人影に気付き、くわえていたススキの穂をおろした
黄金色の光の中の真っ黒な影は
すれちがいざまウォーキング姿の男性になり

腰にさした二振りの刀は
長い方は巡礼用の金剛杖、
短い方は黒い雨傘でした。

あちらの気分は「幕末!」なのでしょう。
[PR]
by otenki-nekoya | 2013-10-14 22:31 | 散歩

明治への旅行

今年の大河ドラマがはじまるまで、ヒロインの
八重さんは全然知らない人だと思っていました。

『日本紀行』(講談社学術文庫)の京都篇で
イサベラ・バードが新島邸を訪れて歓談する場面がありますが、
以前読んだ時は全く気がつかなかったのです。

洋風の生活をしている洋装の紳士・ジョーの傍らの
和服の夫人が、そのわずか十年前に

崩れゆく会津鶴ヶ城に篭城し
七連発のスペンサー銃を撃ちまくって
新政府軍と闘った男装の戦士だったなんて。

最近になって、イサベラ・バードの京都観光に付き添ったのが
八重さんとあんつぁまのおっかさま、
山本佐久さんだったとわかった、と新聞に載っていました。

イサベラ・バードの京都での宿泊先が同志社女学校なので、
意外に山本家と関わりがあったのだなあ。
大河ドラマの明治篇が進んだら、読みなおそう。


この夏の暑さはなんだ、とても外に出られない、
という皆様におすすめの旅行プランがございます!

はるかな距離を越えて英国女性が訪れたニッポンを、
はるかな時間を越えて現代の私達が訪れるというのはいかがでしょう。

『イサベラ・バードの日本紀行 上・下』
(講談社学術文庫 著/イサベラ・バード)
「上」は東北の旅、明治というより江戸そのままの風景、
「下」はさらに開化から離れた蝦夷の旅と、文化の凝縮した関西の旅。
[PR]
by otenki-nekoya | 2013-08-10 19:34 |

天璋院さまのナチュラル雑貨

こんな七月の白い強靭な日射しに太刀打ちするには
我が愛用の日傘はどれも華奢で、か弱く心細く思えます。

最近さしている人の多い、
真っ黒で大きくて生地のしっかりした
男持ちの雨傘のような日傘がいいな。

‥‥それはコウモリ傘ではありませんか。
天璋院様か。

 天璋院のお伴で、所々へ行ったよ。
 八百善にも二三度。向島の柳屋へも二度かネ。
 吉原にも、芸者屋にも行って、みンな下情を見せたよ。
 (略)ワシの家にも二三度来られたが、
 蝙蝠傘を杖にして来てネ、
 「どうも、日傘よりも好い」と言った。
                    『海舟語録』

万事規則と格式にがんじがらめだった江戸城大奥を出た篤姫は、
下々の用いる道具でも、気に入ったものはすぐに取り入れます。
船宿のお茶がおいしかったので、
銀瓶をやめて「鉄瓶」を火鉢にかけたり、
お風呂の後出された「浴衣」を愛用するようになったり。
元将軍家御台所はハンドメイドもお好きだったようです。

 後には、自分で縫物もされるしネ、
 「大分上手になったから、縫って上げた」などと言って、
 私にも羽織を一枚下すったのを持ってるよ。

                    『海舟語録』


日本で最初に「ミシン」を献上されたのは篤姫でしたね。
まさか勝先生の羽織はミシンで‥‥。
[PR]
by otenki-nekoya | 2013-07-14 18:43 |
line

日記


by otenki-nekoya
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite