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びわを煮る

雨が少なかったせいか、今年のビワはおいしい。
雨が少なかったせいか、今年のビワは傷みが少ない。

だからといって。
一度に百個以上もらっても。

と、思っていたらレモンをもらいました。
冬場はそれこそ百個以上もらったレモンですが、
この時期には有り難い。

よーし、ビワも瓶詰めにしましょう。

ビワは空気に触れると錆色になるので、
皮をむいて、割って種を取って、
面倒だけれど内側の薄皮も除いて、
ひょいひょいと塩水にほうりこみます。

これどうするの、というくらいあったビワが
皮と種を取ると、なんとかなりそうなくらいの嵩になりました。
種は砂糖を入れて焼酎漬けにすると風味の佳い種酒になりますが、
生薬成分が強いのでたくさんは飲まないように。

あとは他のジャム作りと一緒で、
鍋に入れた果実に砂糖をまぶしておきます。
丸い形がかわいいので、つぶさずそのままにしました。

数時間後に見ると、びっくりするほど水分が出ています。
たしかに、ビワをむくと、つつーっと汁がこぼれ落ちるけれど。

子供の頃、ビワの汁は茶色くなって取れないから、
決して衣服につけてはならぬ、と厳しく言われました。
鉄の掟にしたがい、ぽたぽたとテーブルに落ちた露も確実に拭き取ります。

砂糖の量を加減するために
たっぷりの果汁に沈んだビワを食べてみると、
これはおいしい!生のビワのシロップ漬け、
皮をむいてあるので思わず次々と手を出して
‥‥我にかえります。

鍋を火にかけて、果実にひたひたになるくらいまで水分をとばします。
酸味のある果物には私はレモンを入れないのですが、
ビワは酸味がないので最後にレモンを絞り入れます。

実の形を残しているので、ジャムではなくシロップ漬けになりました。
煮沸消毒したガラス瓶に果実を詰めて、シロップで覆って泡を抜いて、
熱い瓶をタオルでつかんで蓋をしっかり閉め、ラベルを貼ります。

やさしいオレンジ色。
ラベルがなければすぐに何だったかわからなくなるでしょう。

それこそレモン色から暗い橙色まで、
冬から春にかけての柑橘類の瓶詰めの
一番奥に並べます。
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# by otenki-nekoya | 2013-06-09 22:30 |

西郷さんのかいだん

田町駅の「西郷南州・勝海舟会見の図」の壁画の前を
私は昔、いつも全力疾走していました。
色鮮やかな陶板のモザイク画は、以前は階段の横の壁にあったのです。

刃に襲われ、刃に護られ、危うく首を落とされずに済んだ
英国公使ハリー・パークス卿は日を改めて帝に謁見を済ませ、
横浜に戻ってきした。

さっそくサトウ君は情報収集のために江戸に行き、勝安房守を訪れ、
「新政府軍参謀」の西郷と「幕府陸軍総裁」の勝の談判の様子を聞きます。
丁度大河ドラマでやっていた、有名な薩摩藩蔵屋敷の会見です。

 勝は、慶喜の一命を擁護するためには戦争をも辞せずと言い、
 天皇の不名誉となるばかりではなく、内乱を長引かせるような
 過酷な要求は、必ずや西郷の手腕で阻止されるものと信ずると述べた。
                 『一外交官の見た明治維新(下)』

「ドラマで、西郷は勝から受けた条件を伝えに、
江戸からわざわざ京都まで戻ってたね」
官軍の攻撃は西郷の権限で止めましたが、慶喜の処遇については
京都の太政官代(プレ新政府)で検討しなければなりません。

「大変だなあ。京都まで‥‥馬で?」
西郷は馬に乗れません。駕篭で。
「えっ、西郷さん馬に乗れないの?あ、馬が可哀相か」
‥‥とにかく急いで!

私が昔走っていた田町駅階段の横で
どっしりと構えているように見えた西郷さんが、
そんなに走り回らされていたのだとは知りませんでした。

西郷大移動の間に、勝先生がハリー卿に頼み事をします。
「幕臣が英国大使に?」
京都から戻り、横浜の英国大使を訪ねた西郷に、
ハリー・パークス卿が言い渡します。

 卿は西郷に向かって、慶喜とその一派に対して過酷な処分、
 特に体刑をもって望むならば、ヨーロッパ諸国の輿論はその非を鳴らして、
 新政府の評判を傷つけることになろうと警告した。
                  『一外交官の見た明治維新(下)』

「慶喜の首は取るな‥‥と」
薩摩についてたはずのイギリスが、急にこんな事を言うとは。
「さすがは勝先生、使える者は英国公使でも使う」

 サトウがその節の書記生だから、よく知つてるよ。(略)
 アア、パークスとは大変仲が好くて一番贔屓にしたよ。
                      『海舟語録』

首なんて。
いちいち取っている場合ではありません。

江戸城に向けられなかった大量の欧米製の銃火器は
大河ドラマのヒロイン達が静かに暮らす
北へ北へと押し寄せていきます。
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# by otenki-nekoya | 2013-06-07 16:10 |

後藤様の刃

幕府瓦解の時、新政府はどこにあったでしょう。
「どういう意味?」
将軍が存在しなくなったでしょう。
「あ、京都だ。帝と岩倉達が居る」
今年の大河ドラマでは、江戸がお留守になってる感じがよく出てますね。
慶応四年ともなると、戊辰戦争は今どこまで進んでいるのか、と、
前線の方にばかり目がいきますが、
新政府‥‥プレ新政府は戦争ばかりしている訳ではないのでした。

大坂を一時避難していた欧米各国大使は、兵庫港で
『国のトップがタイクーンからエンペラーに変わったが、
条約はこれまで通りで』という通達を受けます。
「出先でそんな政変が起きたら、普通、大使達は国に帰るよ」
見切っているんですね。秩序は保たれていると。

諸外国と新政府高官の本格的な協議の後、
各国公使に対して帝との謁見の申し出がありました。
使者は伊達宗城、
「伊達宗城?宇和島藩の?」
サトウ君は前からこの賢いお殿様と仲が良くて、
招待状を出すより直に言いに行った方がいい、とアドバイスします。

フランス公使は断ります。
「フランスは幕府に加担しているもんね」
まだ逆転の可能性があると思っていたのでしょう。
それでも宗城は上手く説得します。
イタリア、プロシャ、アメリカは、急用が出来て‥‥と
「最強国じゃないところは、様子見か」
オランダは、イギリス公使と同じ行動を取ります、と
「さすが事情通」
そしてイギリスはもちろん
「はい、喜んで!」

謁見当日、三月二十三日、日本の暦では二月三十日。
騎馬護衛兵と第九連隊第二大隊の歩兵護衛兵に挟まれて
「特命全権大使の燦然たる正装」のハリー・パークス卿と
御一行様が馬に乗り、皇居に向かって行列して行くそのただなかに、
刀を振りかざした男達が襲いかかってきました。

「じ‥‥攘夷?」
ハリー卿の前に居た、中井弘蔵という武士が馬から飛び降り
凶漢と斬り合うのですが、なかなか手強く、
危うく首を斬られそうになるところをかわして刀の先を相手の胸に刺します。

 これにひるんだその男が背中を向けたとき、後藤が肩に一太刀あびせたので、
 そのまま地上にぶっ倒れた。そこへ中井が飛び起きて、首を撃ち落とした。
                    『一外交官の見た明治維新(下)』

「後藤‥‥え?後藤象二郎?」
ハリー卿と一緒にいたんです。
「後藤さん、剣術できるの?」

聞いた事ありません。
「桂さんとか、龍馬が強いのは有名だけど」
江戸の道場で腕を磨きました。
「でも、いざという場面では桂さんは逃げるし、龍馬はピストルだ」
薩摩は郷中で示現流を叩き込まれる。
乾退助と勝先生は居合いをやってます。
「二人とも軍人だもの‥‥後藤さんは」
完全な文官です。
それに身分のある人はおいそれとは刀は抜かない。
驚きました。
「ここで特命全権大使が殺されてたら‥‥ものすごい国際問題だ」
女王陛下の軍隊が押し寄せて来て、
国が消えてなくなる程の賠償金を請求されていたかもしれません。

サムライの本能か、ハリー卿に対する友情か、

たまあるか。
後藤様、お腰のものは飾りばあかと
思うちょったけんど、たいしたもん──ぜよ。

‥‥後藤は本当に、憎かったのかもしれません。
新しい世の到来を妨げる、旧い者達が。

もうえい。
もうえいちや、後藤様。
今度はちゃあんと護ってくれたがやないですか。
刀をしまいや、
新政府のお方にそんなものは似合わんき。


「‥‥あ、サトウ君は?」
とっさに馬の頭をめぐらして、凶刃を逃れました。
乗っていた馬は鼻と肩が切られていたけれど。
そのあとは例によって、外科医ウィリスが大活躍です。
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# by otenki-nekoya | 2013-06-04 22:15 |

ゴトウさんとサトウさん

乾さんの出身地は地元商店街が
「板垣退助のまち」として宣伝しているそうです。

乾さんの幼なじみ、同じ町内出身というか
ほとんどお隣さんの後藤象二郎は
‥‥無視ですか。

「忘れ去られているねえ」

後藤さんって、英国公使に大層気に入られているんですよ。
例の「イカルス号事件」の件で土佐に停泊していた英軍艦を
藩の重役だった後藤が訪れ、いろいろと話をするのですが、

 後藤は、それまでに会った日本人の中で最も物わかりの
 よい人物の一人であったので、大いにハリー卿の気に入った。
 そして、私の見るところでは、ただ西郷だけが人物の点で
 一枚後藤にまさっていたと思う。
 ハリー卿と後藤は、お互いに永久の親善を誓い合ったのである。
               『一外交官の見た明治維新(下)』

「誉めすぎじゃない?」

 後藤は大名の塩辛にしたやうなものだと言つてやるのサ。
 (大政奉還を建白したのは)坂本が居たからの事だ。
                      『海舟語録』

『龍馬伝』で言えばドラマオリジナルの名場面
「約束のシェイクハンドじゃ!」の後の後藤さんですから、
ものすごく開明的だったのは確かです。

後日、大坂に着いた後藤にサトウが会いに行き、
イカルス号事件──イギリス水兵二名の殺害事件の話をすると、

 後藤は、自分の方でも最近二人の部下が殺されたので、
 イギリス側の気持に対しては同情の念を禁じ得ない、
 前藩主の容堂も自分も、あらゆる手段をつくして
 犯人の発見に努めるつもりであると答えた。

「二人の部下?」
この会話は、大政奉還後の十二月、
いや、日本の暦で十一月二十六日です。
「坂本龍馬と中岡慎太郎‥‥」

公正に見て、後藤は最善を尽くしています。
安全な藩邸に移るよう何度も忠告をしていますし、
隠れ家の近江屋には藩邸からすぐ駆けつけられる。

それでも二人をまもる事はできませんでした。
多くの人が、彼を責めました。

──あらゆる手段をつくして犯人の発見に努める

そのかわりという訳でもないのでしょうけれど。
後藤はこの数ヶ月後、意外な大人物の命を救います。
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# by otenki-nekoya | 2013-06-03 22:09 |

いぬい、見参

「それで、意外に過激な中岡さんが、お手紙送った有名人って誰?」
そうでした。お待たせしました。

 前号に慎太郎がかの見込書を送りたる門閥家の有力者とはこれ別人ならず
 即ち乾退助氏にしてその履歴の如くは看客の普く知る所なれば更にもいわず
                       『汗血千里の駒』第五十回


「いぬい‥‥?だれ?」

‥‥。
ここで、「おお!」「あの!」と膝を打ってください、
ここまで引っ張った甲斐がないではありませんか。
紫瀾君、現代では乾氏は、あまねく知られてはいないようです。

いぬい、では分らないのです。
戊辰戦争で西軍を率いて甲府城に向かった際、
現地受けを狙って武田家家臣だった先祖の姓に戻し、
後世にはそちらの名が知られています。

「甘利さん?」
‥‥いや。甘利さんも武田家ですが、ほら、いたでしょう、
大河ドラマ『風林火山』で鬼神のごとき強さの老臣が
「あ!板垣だ!」

「乾退助って、板垣退助の事だったのか」
新撰組と甲州で戦ったときには板垣になってたんですよ。
「慎太郎は、板垣退助に手紙を出したの」
龍馬ー後藤象二郎ー容堂公 の大政奉還ラインは有名ですが、実は
慎太郎ー乾退助ー西郷 という武力倒幕推進派のラインが既にあって。 

『汗血千里の駒』では、慶応三年の「イカルス号事件」で
英国公使パークスが軍艦に乗って土佐まで談判に来るという時、
大監察だった乾はチャンス!と藩に兵の銃隊編成を承認させたという。
この、大砲に腕をもたせかけた洋式軍服の乾さんの挿絵が、
いかにもご満悦、といった風情です。

「板垣って軍人だったのかー」
私も昔、司馬遼太郎が「板垣は政治家というより軍人の才」と
評しているのを読んでびっくりしました。

「『乾』退助は当時そんなに有名だったの?」
あの「自由は死せず」の襲撃事件が
『汗血千里の駒』連載の前年の出来事です。
乾氏は紫瀾君にとって憧れの人だったのだと思います。

以前、坂崎紫瀾の碑を見た事があります。
新しい碑でしたが、それでも大河ドラマに
登場する前に作られたのでしょう、
『汗血千里の駒』の作者、という説明書きの前に、
「自由民権運動家」と書かれていました。
『汗血千里の駒』連載中、紫瀾君は逮捕されて、休載しています。

「でも板垣退助ってあんまりドラマに出てこないよね」
日本中の人に顔が知られているから良いじゃありませんか。
「顔と言うか髭だけど」

‥‥などという会話から三年。
ついに今年の大河ドラマに乾退助、登場です。
今回の放送で、東山道侵攻を前にして、岩倉さんに
「板垣」に改姓する知恵を授かる場面がありました。

後に誰もが知る百円札の男は、
字義通り、ヒロインが撃ち倒すべき敵なのです。
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# by otenki-nekoya | 2013-06-02 22:04 |

雨空に手がとどく

雨が降ると必ず一本の、
同じ傘を手にしてしまいます。
紫がかった灰色の、地味な傘です。

雨の日だからこそ華やかな色柄の傘はいくらでもあるのに。
もう何年も使い続け、骨が一本歪んで、
洗ってもとれない黒ずみが線になって、
それでも雨が降ると、このみすぼらしい傘をさして出てしまいます。

同じようなグレイの新しい傘に買いかえようと思っても、
これは少し色が濃すぎる、これは少し銀色すぎる、
この縁のレエスは要らない、これは少し──青すぎる。
同じような色合いはなかなかみつかりません。


いつもより十日も早く、雨の季節がやってきました。
あの傘を手に取り、ボタンを押します。
むらさきがかった明るい灰色が広がります。

そうか。

雨の日の空の色なんだ。
私の頭の上にひろびろと
空が続いているような感じがして。

きらきらと眩い五月の輝きが
まさしく水を打ったようにしずまった日、

頭上に広がる雨空の下を歩きます。
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# by otenki-nekoya | 2013-05-28 22:28 |

幕末の観察者

維新前後の日本をつぶさに目にした英国人、アーネスト・サトウの
『一外交官の見た明治維新(上・下)』(岩波文庫)も、
今年の大河ドラマの時系列に合わせ、会津視点で読み返しています。

ちょうど今日の放映は王政復古後、
京都から大坂に逃れた慶喜公が、
外国公使達に面会する場面がある回でした。
あそこに通訳のサトウ君が居たはずです。
彼等は大坂で神戸開港を待っていたのですが、
そこに政変が巻き起こったのです。

生麦事件の直前に十九歳で来日した通訳生サトウ君は
明治に至るまでに数多くの事件に遭遇し、
幕末有名人と会話を交わしてひととなりや容貌を記録しています。
幕末好きなら「おおっ、すごい、生■■と話してる!」と、
大盛り上がりで読める事受け合い。


慶喜が新将軍となった際の謁見で、

 将軍は、私がこれまで見た日本人の中で最も貴族的な容貌をそなえた一人で、
 色が白く、前額が秀で、くっきりした鼻つき──の立派な紳士であった。

幕末一のイケメンは‥‥慶喜?
その立派だった将軍がわずか八ヶ月後、すっかりやつれ、
隊列を連ねて騎馬で大坂入りする姿をサトウ君は見ています。

彼は純粋な観察者ではありません。
彼等外国人の存在があったからこそ、
目の前の事態が引き起こされているのです。

将軍の行列を眺める直前、警護の会津兵でいっぱいの町の、
馴染みの料亭で「会津の家老」と意見を交わしています。

 (家老は、)後藤の考えは実行出来るならおもしろいが、
 一般国民はまだこうした根本的な改革にたえうるほど
 成熟はしていないようだ、とも言った。
 私も代議政治をもって従来の専制政治に代えるのでは、
 まことに奇妙な結果になりはしないかと考えたので、
 この家老の言葉に賛成だった。

後藤象二郎の考えを肯定する会津の家老‥‥。
確かに会津は人材が多いので議会制に向いていたかもしれません。
この御家老様、誰なんでしょう。
以前、サトウ君の前で洋酒をかたっぱしから飲んでみせた
面白エピソードがある梶原様はこの時江戸詰めでしたので、
ドラマで目立っていた田中様だったりすると楽しいのですが。
‥‥楽しくはないか。

大坂で慶喜と会見する際に、
英公使と仏公使がどちらが上位か、もめます。
一見どうでもいいようでグローバル的にはものすごく重要なケンカの中、
やせた会津公と桑名公を見かけます。

そして鳥羽・伏見の戦がおこり、まるで「仁先生」のように
各地でその腕が重宝される外科医ウィリスが会津兵の手当をします。
感謝した会津兵は、

 イギリス人は世界で最も善良で親切な国民だと信じ込んでいる様子であった。

この書き方。
──そんなんじゃないのに。
24歳にして日本語通訳官のトップになっていた
サトウ君は、内心思ったのでしょう。
この文の次に彼は、自分が薩長土と手を結んでいると書いています。

観察者の存在が、観察する現象を変化させる。
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# by otenki-nekoya | 2013-05-19 22:07 |

中岡さんの手紙

『汗血千里の駒』を読んで意外に思ったのが、
主人公とともに暗殺された中岡慎太郎の手紙。
藩の兵制に関する意見書が引用されていました。
論文のようなものなので、龍馬の手紙のように
面白くはないのですが、

そうか、慎太郎って結構過激‥‥!
「自由闊達な龍馬、周到慎重な慎太郎」という
ペアのイメージを勝手に作っていたけれど、
龍馬と一緒に殺されたのは偶然だった訳ですし。

真っ正面から撮った真面目そうな写真と、
名前の「慎」の字面から想像していただけで、
あと、小さい頃はダメな子で乙女姉やんにしごかれ、
剣だけは強い龍馬と比べ、
毎日山道を上って勉学に励み、若庄屋として手腕を発揮し
領民に慕われた優等生、という印象も慎太郎にはあったので。

無意識に、龍馬と対照的な相棒としてキャラ設定していましたが、
慎太郎は慎太郎で独自に活動していて、
蛤御門では長州軍に居てあんつぁま達と交戦した程だし、
薩長連合での役割は龍馬以上に重要だったと言うし、
満面の笑顔の写真も発見された事だし、
同じ「慎太郎」で過激な発言をする元知事もいるし、

中岡は相当の武闘派だったのでした。
今年の大河ドラマでは台詞の中に二回名前が出ただけでしたが。

ところで、慎太郎が兵制改革説を送ったのは藩内の有力者で、

 而して慎太郎が知己の有力者といえるは果たしてその誰なるや否は
 次号に於て開巻驚奇の分解を下すべければ
 看官乞う刮目して待ちたまいねかし
                  『汗血千里の駒』第四十九回

なんだかすごい人に送ったそうですよ。
刮目して待ちたまいねかし!
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# by otenki-nekoya | 2013-05-17 21:35 |

『汗血千里の駒』

三年前、大河ドラマ人気に合わせて復刊された、
『汗血千里の駒』(岩波文庫・明治十六年に新聞連載)を
現在のドラマの時系列に合わせて読み返してみました。
作者の坂崎紫瀾は、大河ドラマ『龍馬伝』で、
豪勢な屋敷に住む岩崎弥太郎に取材をしていた新聞記者君です。

後に世に出た資料などで私達が知る事実とは異なるところも多く、
たとえばあの有名なイラスト入り手紙はまだ出ていなかったのか、
霧島の「天の逆鉾」はお龍さん一人で引っこ抜いた事になっていたり、
下手人は新撰組と決めつけられていたり、
海援隊士が復讐のつもりで紀州藩士を襲う場面を
(濡れ衣なのに)快挙として描いたりしています。

現在では定番中の定番、「薩長同盟」現場の名場面はなく、
桂さんの「裏書きを見て安堵しました」というお礼の手紙
(坂本家跡取り所有)を見せてもらった作者の紫瀾君は、
詳しい事はわからないので旧海援隊の人々に尋ねてみる、
と連載の中で補足しています。

当事者達に話を聞ける、というところがすごい!
亡くなったばかりの人達や現役バリバリの人達を
悪く言う事はできないので、創作活劇として
登場人物のほとんどは美化されていますが、
資料をいくら並べたって時代の躍動感はかなわない。

明治十六年。
御一新が人々の記憶に新しかった時代。
けれど人々の記憶から「坂本さん」が忘れられかけた時代。
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# by otenki-nekoya | 2013-05-16 22:30 |

黒幕はいらない

今年の某公共放送大河ドラマでは、
京都での政治的な場面や事件の進行はほぼ
半藤一利先生の『幕末史』(新潮文庫)の描写に即しています。

武力倒幕に驀進する薩摩が、いわば悪役です。
「西郷さんのファンはいやじゃないのかな?」
いや、いいじゃないですか、黒西郷。いやあ、強くて凄くて、黒い。
これまで大久保さんに押し付けられていた薩摩のダークサイド、
やっぱり日本一恐ろしい男(海舟:談)に担ってもらわないと。

「坂本さんは残念でした」
「大義のため、ごわす」
(こんな場面はありません!)

今年の大河ドラマでは、三年前の大河ドラマの主人公は
会津藩士の視点では、水面下の見えない存在として扱われています。
さしもの幕末ヒーローも、今回のドラマの中では
会話の中で名前が二回、後ろ姿が一回出ただけでした。

実際には彼は長崎で会津の家老の息子、
修理様と面会していますし、
銃の買い付けに苦労していたあんつぁまも、
海援隊の羽振りの良さを苦々しく見ていた事でしょう。
なにより京都の治安を守っていた京都守護職関係者が
天下のお尋ね者を知らない訳はないのですが、
なにしろヒロインの出番がないほど京都が忙しいので。


それでもドラマのタイミングに合わせ、
某公共放送「歴史秘話」番組は、
いわゆる幕末最大ミステリー「龍馬暗殺」を取り上げました。

ネタ元は、磯田道史先生の『龍馬史』(文春文庫)。
もちろん実行犯は御存知佐々木只三郎率いる
京都見回り組で確定ですが。

長岡藩士の子孫の半藤一利先生は薩摩黒幕説でしたが、
その半藤先生が文庫の帯に敗北宣言をしています。
「暗殺の謎が解かれ、この本が『定説』となるだろう。」

磯田先生は古文書速読名人、
つまり当時の人の手紙や日記を
かたっぱしから直に読めるという強みがあります。
ただ書き手の見方や思惑というものがあるので
その中から「事実」だけを積み重ねて行くと‥‥。


私自身は学生時代、
初めて司馬遼太郎の人気小説を読んだ時、
あまり主人公に好感が持てませんでした。
世間はこれこそ理想の男ともてはやすけれど、

武士の風上にも置けぬような輩ではないか。
‥‥我ながらどれだけ旧弊な学生だったんだ。
まるで京都見廻組のようです。

本質的に武士ではなかったからこそ、
武士の世を終わらせる事が出来るのだ、と
その力に気付いたのはずっと後の事でした。

大河ドラマ『龍馬伝』の最終回、
血刀を下げて近江屋を出た佐々木只三郎
(現・猿之助、当時は亀治郎、がゲスト出演)が
絞り出すように叫びます。

「奴は、我等の全てを無にしたのだッ!」

誰に命じられようが関係ない。
しいていえば。
天が、命じた。
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# by otenki-nekoya | 2013-05-15 22:18 |

漂泊の女王

1064円、ちょうどあります。
パン屋さんのレジに小銭を並べたところ、
店員さんに、これ一円玉じゃありません、と
銀色の硬貨を一枚返されました。

え?
小銭入れの中に見たときは一円玉だと思ったのに。
返された一枚の大きさはまさに一円玉ですが、
確かにアルミのしらじらとした色と軽さではありません。

10CENTS?
でも米国のdimeではありません、
エリザベス二世の肖像が。

一円玉はもうなかったので
ペニー‥‥ではなく十円銅貨を出して
おつりをもらってレジを離れ、
英国10ペンスではないのに女王陛下を戴く
銀色の10セント硬貨を眺めます。
二本マストの帆船の上の文字は

CANADA‥‥?


うちの電話台には小銭置き場があります。
連れが時々財布が重い、と
小銭をざあっと空けていきます。

その中から私が五円玉と一円玉をひきとって、
小銭ぴったりの支払いに使います。

混入するルートはここのみ。
まず、どこかのどなたかが
カナダ10セントを一円玉と間違えてどこかの店舗で使い、
それを受け取った店員さんがレジに入れ、
当人か別の店員さんが連れにおつりの一円として渡し、
疑いもせず受け取った連れがうちの小銭置き場に放出、
気がつかずに小銭入れに入れた私がパン屋さんで並べて、
そこでやっと店員さんに看破された。

最低四人、七回のチェックポイントを通過しているのです。

女王陛下。
このようなさいはての地に
よくお越しくださいました。
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# by otenki-nekoya | 2013-05-14 21:17 | 散歩

なみはずれた知性

うちで「湯川先生」といえば
ドラマでも人気の犯罪の物理トリックを解明する準教授ではなく、
日本人初のノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹博士です。

連れの地元同級生で現役物理学者のS先生と、私の
一推しの物書き物理学者といえば、寺田寅彦先生です。
ふとしたきっかけから思い起こされる郷愁に満ちた光景を描き、
みのまわりのささいな現象に不思議を感じ、
法則を探るべくいきなり数式を並べて計算を始める
(その場で地面に書きなぐったりはしません)などの技は、
科学の目を持つ、漱石の弟子ならではの名人芸。

日本人二人目のノーベル物理学賞受賞者の
朝永振一郎先生も名文家で、とても平明な文章で
難解な事象も楽しい例えを用いて
普通の人にも分かるように解説されています。
この、普通の人に分かるように、と言う事ができるという事は
普通の人の感覚があるという事なので、
すごい頭脳の持ち主にもかかわらず、とても普通の人に感じられます。

極度に内気な湯川先生は
他の利発な兄弟達にくらべて学問が不得手に見えたのか、
父親が、この子だけは大学に行かせないでおこうか‥‥と
中学の校長に相談したところ、校長は驚愕して言ったそうです。

「あんな知性はこれまで見た事がない、
 そんな事を言うならあの子を私にくれ!」

‥‥実の親にも見抜けない並外れた知性。

湯川先生の文章はしいんと静かな、少し寂しげな格調高い文章で、
連れは湯川先生の文章を一番気に入っています。
漢文を読みはじめたのもその影響のようです。

しかし、内面も外面も大変に静かにみえる湯川先生ですが、
考え事に没頭すると無意識にすごい勢いで部屋をぐるぐる歩き回るので、
京大物理学研究室で同部屋だった朝永先生は、逃げ出していたそうです。

ノーベル賞のお二人が実験物理に行かずに理論物理の方に行った理由が、

朝永先生:身体が弱くて立ったまま一時間以上実験が出来なかった
湯川先生:手先が不器用でどうしても実験用のガラス細工が作れなかった

 実にお恥ずかしい次第だがこんなことが一つの動機ともなって、
 とにかく理論をやることになった。
 私はしかし今日の物理学が理論と実験とに分れているのは、
 やむを得ない分業であって、出来るだけ両方に精通するように
 努力すべきことをつねづね痛感している。
 いつの間にか自分が純然たる理論家になってしまったことを肩身狭く、
 且つ淋しく思う気持ちを消すことが出来ない。
 したがって後進の人達にもけっして理論家になることをお勧めしないのである。
                           (昭和十一年十一月)


さすがは戦後の日本人全てに勇気を与えた湯川先生のお言葉、
実に励みに、

ならない。
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# by otenki-nekoya | 2013-05-13 22:27 |

子曰く、道は人に遠からず

連れが本を読んでいます。

『中庸』(講談社学術文庫)

‥‥。
『中庸』って。
『四書五経』の『四書』の一つの『中庸』?
なんでまた?
「湯川秀樹博士は小さい時、お祖父さんに
意味が全く分からない漢文を習ったって」

素読ですね。
まるで藩政時代そのままに、子供達が声を揃えて。
正岡子規も小さい頃お祖父さんに漢籍を習ったそうです。
私の曾曾祖父の一人も漢学者なので、明治になっても
曾祖父達は無理矢理素読をさせられたはずです。

「子供の時に、意味はわからなくても丸覚えするって、良いよね」
小さかった湯川先生は可哀相に、泣きながら教わってますよ。
「でもそれがすごい『身になってる』感じがする」

連れは学生時代、古文・漢文をおろそかにした事を
今になって悔やんでいます。
子供のように丸暗記は出来なくても、
大人は意味がわかるからいいじゃないですか。
『論語』は読んだでしょう。
「論語は面白かった」
『中庸』はどうですか。

「ものすごくねむたい」
当たり前です。
四書五経の素読など、意味が分からないながら
声に出して身体に覚え込ませる事に意義がある。

「し、いわく、みちのおこなわれざるや、われこれをしる。
 ちしゃはこれにすぎ、ぐしゃはおよばざるなり」
どうですか。
「うん。気持ちがいい!」
それは良い事ですね。
だから素読は長く続いてきたのでしょう。

「し、いわく、てんかこっかをもひとしくすべきなり。
 しゃくろくをもじすべきなり。
 はくじんをもふむべきなり。
 ちゅうようはよくすべからざるなり!」

‥‥ここは寺子屋か。
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# by otenki-nekoya | 2013-05-04 22:14 |

休日のサムライ

いつも歩く海沿いの道を自転車で走ります。
青い海と青い空と新緑の山と柑橘の花の香り。
海は平日通りに漁の船がたくさんでています。

連休中だというのに、定番の白装束の巡礼や
外国人の自転車旅行者などをあまりみかけません。
波が穏やかで、岩場では磯釣りをしています。

自転車道から見晴らしの良い休憩所に上がると、
ぺかぺかと赤いコンバーチブルや四輪駆動車などが停まり、
子犬を遊ばせているカップルや、
風景をスマホで撮影してつぶやきを流している娘達、
金髪の白人青年等、意外に若者が訪れています。

「ニュージーランドの留学生だって」
話したんですか?
「そこでTさんに会った」
ああ、むこうに日傘が見える。
今の時期日傘をさしているのは地元民ですね、
観光客はそこまで日射しを気にしていない。

「息子さんの友達なんだって。
東の岬に行こうとしたけど、渋滞で車が全く進まない」
なるほど、このへんに人がいないと思ったら、
みんな荒波打ち寄せる奇岩を観に行っていましたか。
「あきらめて、近所の武家屋敷を見せて」
これから藩政時代の美術展示館に行くそうです。

まあ、NZ人なら海も山も見慣れているから、
サムライ・ツアーもいいかもしれませんね。

自転車道を戻っていくと、
菅笠に金剛杖の巡礼姿が板についた
巨漢の白人青年がにっこりと笑顔を向けて、
青い海と青い空と新緑の山が延々と続く
長い長い道を歩いて行きました。
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# by otenki-nekoya | 2013-05-03 21:41 | 散歩

君や知る レモン花咲く国

窓を開けると風に乗り、
外に出ると青空の下に、

檸檬、柚子、橙、蜜柑、
さまざまな種類のオレンジの

花は皆白く、
町は芳香に包まれて。

どこにもいかない。
なにもしない。

呼吸をするだけで天上に住まうような
黄金の週間。
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# by otenki-nekoya | 2013-05-01 20:38 | 散歩

白昼の鮫

本日の浜の漁はだいたい終わったようです。
浜の一番奥で最後の網が上がるのを、
人と鳥と作業車の集団が待っているのが見えます。
手前の空いた浜では休日の釣り人が一人、
竿を青い海に向けています。

大きく潮が引いた急斜面の下の砂地を、波をよけながら歩きます。
まだ四月なのに、こんなに日射しが強くなるとは思いませんでした。

干場の近くの道路に戻ると、漁具置き場のトラクターの荷台に
山積みにされ、崩れたまっ白い材木のようなものが何十本も

「サメだ」
私の背丈程の、ぴんとまっすぐに伸びたサメが何十匹も。
背は赤味がかっていますが、多くはまっしろな腹を上向け、
三角の口には純白の尖った三角の歯がぎっしり並び、
頭の先端はT字型に突き出した特徴的な形をして。

ハンマーヘッドシャーク。
シュモクザメです。

突き出した柄の先端を横から見ると
透き通ったゼリーに覆われたまんまるい大きな真っ黒な
目が。

こんなに綺麗に透き通ってこんなに綺麗に真っ黒で
目だけ見ていてもわからないけれど
でもこんなに棒のようにまっすぐ固まって動かないのだから

いきてはいないのです。
何のにおいもしないけれど、血の一滴も流れてはいないけれど、
いきていたら何十匹ものサメの山にいくら私でも足は踏み入れない。
真っ白く、まっすぐで、整った形をしているからまるで作り物のような、
端正な異形の鮫を触れる程間近で眺めます。

日射しが強いので干場では皆が忙しく干物を仕上げ、
観光客の車が立ち寄り、サメの山などにかまう人はいないようです。

暑いので、影の多い住宅地の中を歩きます。
「ハンマーというと‥‥カナヅチザメ?」
シュモクザメです。鐘木というのは
鉦をかんかん鳴らすときの木の槌です。
「金槌だと泳げないもんね。網にかかったのかな」
おそらく。シュモクザメは群れになります。
「あ、それであんなにたくさん。邪魔だったろうなー」
一応、カマボコになりますが。
でもまだ小さいですね。成体はあの二、三倍くらい。
「確かに、歯がまだ小さかった。でもあの歯だと」
人も襲います。
「いるんだ。そのへんに」


強い日射しで夏のようだった休日の
各地の賑わいを夜のニュースが報じています。
水族館の青い水の中の生き物を指差し、
歓声を上げる子供達と一緒になって連れが叫びます。
「あれ!あのサメ!」

画面をゆらりと横切り身を翻す巨大な鮫の、
T字型に突き出した頭部をカメラがアップにします。
目が、こちらを──見たような。

いきている。
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# by otenki-nekoya | 2013-04-29 22:17 | 散歩

あの座敷で

三月から四月になる頃
覚め際に夢を見ました。

 私は薄い紙を手にしている。
 十センチ四方程の赤い背景の中に白い卵型の女の顔がみっつある。
 正面を向いた女は目を閉じ、重ねた両手の上にあごをのせている。
 一人は薄く口を開け、一人は口を閉じ、違う方を向いている。
 もとの絵からこの三人の顔の部分だけを切り抜いたのだろう。
 他の人物の腕や衣類らしき部分も混じっている。
 階段に緋毛氈を敷いて数人の女性を配置した日本画であるらしい。

 女の顔の細い描線と緑がかった白い顔料から日本画だと思ったのだ。
 鮮やかな赤と白い楕円の対比は、マティスの画のようにモダンでもある。
 紙片を裏返すと、小さな活字がぎっしりと印字されている。
 新聞の切り抜きなのだ。

 全体図を見たいと思い、顔を上げる。
 向かいに坐った友人が、目を伏せる。
 さっきまで、絵に見入る私を見ていたというのに。
 私が言葉を発する前に、友人はことさらなにげない事のように言った。
 「君は見なくて良い」

 そのとき、さっきまで座敷にだらしなく寝そべっていた男が
 まっすぐ起き上がってじっとこちらを見ているのに気付いた。
 私ではない。腕を袂で組んでうつむいた友人の後頭部を見ている。

 そしてまるで幼い児のように強く口を引き結び
 大きな瞳から涙が零れるのを耐えるような表情で

 ──見ている。
 友人の記憶の中にある、私の知らないこの画の全体像を。


 私は、目が覚めかけている事に気付いた。
 私はこの座敷を離れて、「私」ではない私に戻らなければならない。

緋毛氈だと思ったあの赤い背景は本当は。

目覚めた私は思います。

久しぶりだったなあ。
私が「私」になったのも、あの友人達に、あの座敷で会ったのも。

日本画は、TVで見かけた、
何十色ものパステルのようにガラス管に詰めた
携帯用の岩絵の具に心惹かれたせいでしょう。

懐かしい三人組が出て来たのは、昔皆で書いた長い長い文章を
最近になっても楽しんでくれている人が居る事を知ったため。

あの当時鮮烈なデビューを果たし、
皆が読んだミステリ作家の訃報が
三月の終わりにネット上を流れ、
翌日の新聞に載りました。

悼んでいたのです。
あのあさ、あの座敷で。
新聞紙をハサミできりぬいて。
私達は皆で悼んでいたのです。
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# by otenki-nekoya | 2013-04-18 22:35 |

帰ってきたみほとけ

帰ってきた連れが
「えっ、こんなことがあったの?」と
ドアの取っ手を握ったまま九時のニュースを見ています。
今日は事件がいろいろあったのです。

九時半を過ぎてふと思い出し、
某公共放送のニュース番組から
旧教育放送に切り替えます。

画面いっぱいに現れる二十体を越す絢爛たる仏像。
「うわあ、すごい!如来と、菩薩と、えーと、明王がいっぱいいる」
密教系はやっぱり豪華ですね。

一番外側は「天部」と解説の先生が言います。
「天!仏の守護!格好良い!」
連れがうなります。
番組アシスタントのしのらーは、帝釈天を見て叫びます。
「せ、センセー!‥‥イケメン!」
‥‥連れと、しのらーのテンションが一緒。

「え?これ東寺?京都の?」
今まで、塔と塀しか見た事なかったですね。
「真言宗だったのか‥‥」

「天台宗のほうは」
あ、出ました比叡山。去年の大河ドラマを思い出します。
「でも焼いたのは信長だ。とんでもない事をするなあ」
神も仏も信じていないのは同じくせに、
美しいものが大好きな連れが天下人のテロルを非難します。

やはり好評だったのでしょう。

全く関心のなかった連れがいきなり仏像に開眼した
このうえなく有り難いTV番組『仏像拝観手引』、
この四月からセカンド・シーズンがはじまっていました。
(Eテレ 毎週火曜 午後9:30ー9:55放映)

次回はこのあたりでも馴染み深い「阿弥陀さま」だそうです。
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# by otenki-nekoya | 2013-04-16 22:27 | TV

春の新番組

日曜九時
通りかかった連れが画面を見て不思議そうに言います。
「あれ?さっき見た人達が」
容保公と梶原さまと勝先生が揃って洋服で。
「これ、今日からはじまったドラマ?」
つまり撮影では‥‥お城はもう落ちたのです。


月曜九時
人気シリーズの番宣を見た連れが不思議そうに言います。
「『帰って来た変人』?‥‥別に『変人』じゃないよね?」
そうですね。でもそれを他所で言ってはなりません。
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# by otenki-nekoya | 2013-04-15 22:54 | TV

桜と秋月

某公共放送大河ドラマですが。
「いつもだと、最後が近づくとだんだん淋しくなるよね」
たとえ天下人といえど英雄といえど、
たいてい死ぬ所で終わりますから。
「でも今年はまだ春なのに、もう、すごく悲しい」

出る人出る人、かたっぱしからフラグ立ててるすけ。
ヒロインは明治になってからも活躍するけんじょ、
お城は──夏いっぱいは保たねえかもしんねえ。


ああー。秋月さまが会津を去りなさる。
「江戸へいくの?」
何を呑気な、エドでね、エゾ、
「蝦夷?蝦夷地代官?寒いよ、死んじゃうよ!」
さすけね、それは戻ってきなさる。
だけんじょ、薩摩にも長州にもネットワークを持つ
秋月様をここで遠ざけるとは、
あんつぁまではねえが、藩は時勢に疎い。疎過ぎる。
「可哀相だなあ」

こうなったら、いっそ次回の薩長同盟も
おもいっきり悪だくみっぽい表現に徹して欲しい。
ひそかな罪悪感を持つ私達が
苦難を負う愚直な人々に涙するために。
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# by otenki-nekoya | 2013-04-07 22:17 | TV

ベールをぬぐ

青い空なんてひさしぶりです。

昨日の激しい雨と南風が
今日はゆるく絶え間のない西風にかわり
霞か雲か桜の花か、朧に白く漂っていた
すべては洗い流され吹きはらわれました。

山は淡く柔らかいほわほわとした緑と
常盤木の濃い緑が混じってくっきりと見えます。
点々と燃えるような緋色は山躑躅、
やはり今年は花が早いようです。

明日にはまた霞んでしまう。

風で浜には猫一匹いません。
昨日は透き通った波が高く垂直に落ちて、
なかなかの壮観だったそうです。

濁った海も柔らかい緑色がいりまじり、
雲が落とす影の下は青く、
うねりながら風に煽られ複雑にねじれた波が
浜に打ち付けて風に舞う細かい白い飛沫となります。

吹き続ける西風に、何度も帽子をさらわれます。
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# by otenki-nekoya | 2013-04-07 22:14 | 散歩

ヒトキリ

そうだ、象山先生が斬られたのでした。
「誰にやられたの?」
以前、肥後の宮部さんが出ていましたね。
「ああ、池田屋で新撰組にやられた」
あの人と同じ肥後の攘夷派で‥‥ちょっと待っててください。

 勝海舟『氷川清話』・勝海舟『海舟語録』
      (江藤淳・松浦玲/編 講談社学術文庫)

『語録』のほうだったと思いますが‥‥
まあ、勝先生も何度もあわや、という場面に合っていますが、
こちらはボディーガードのおかげで難を逃れています。

 おれの側に居た土州の岡田以蔵が忽ち長刀を引き抜いて、
 一人の壮士を真つ二ツに斬った。
 『氷川清話』

「えっ、以蔵?以蔵は襲う方でしょ」
確かに。ドラマで京に“天誅”の嵐が吹き荒れている描写で
本間精一郎と目明かし文吉の暗殺が取り上げられていましたが、
あれは両方とも以蔵の仕業です。
でも、ナントカと剣は使いようといいますか。
「あー、そういえば『龍馬伝』の時、
 龍馬が以蔵を勝のところに連れて行く話、あったね」

 後日おれは岡田に向かって、『君は人を殺す事を嗜んではいけない、
 先日のような挙動は改めたがよかろう』と忠告したら 
『氷川清話』

「‥‥それじゃ自分が死んでたじゃない」
以蔵にもそう言われて、返す言葉がなかったそうです。

ところで『嗜む』という言い方は、
「楽しむ」と言ったら言い過ぎかもしれませんが、
慣れている感じがありますよね。
でも、勝先生は以蔵の腕には感心こそすれ、怖がっていないでしょう。
どんな身分の高い人物、優れた人物の事でも軽妙に語る勝先生が
「コワクテコワクテならなかった」と語ったのは、

肥後の河上。

人を斬っても少しも様子にあらわれず、澄ましている。
ある日、勝先生がついに言います。

 『あなたのように、多く殺しては、実に可哀相ではありませんか』
 と言ふと、「ハハア、あなたは御存じですか」と言ふから、
 『それはわかって居ます』と言ふと、落付き払ってネ。
 「ソレハあなたいけません。あなたの畠に作つた茄子や胡瓜は、
 どうなさいます。善い加減のトキにちぎって、
 沢庵にでもおつけなさるでせう。アイツラはそれと同じことです。
 ‥‥

                           『海舟語録』

「‥‥こわい」
勝先生、自分も狙われるかもしれないと思って

 『‥‥だまって殺されるのは困るから、ソンナトキは、
  ソウ言うて下さい、尋常に勝負しませう』

「勝負って(笑)」
いや勝先生、あれでも剣術はかなり修行しています。
「そうだよね、心得がなければ生きのびていないよね。
 それで?」

 「ハハハ、御じょうだんばかり」と言って笑うのさ。始末にいけない。

本当にそんな恐ろしい人だったのかどうかはわかりません。
それにしてもこの勝先生の話の感じでは、象山先生を斬った
「仇」が目の前に座っている人物だと、知らないみたいですね。

「‥‥だれ」
河上彦斎。
「あ、あ──あ、人斬りゲンサイ!」
ハハア、あなたは御存じですか。
「それは、聞いた事がある」

ソレハあなたいけません。
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# by otenki-nekoya | 2013-04-01 22:27 |

弥生のそら

雨雲が沖にそれたのは僥倖でした。
白い空の中で満開の桜は紅く見えます。

いつものなんでもない風景に
ほのあかい花びらが降りしきります。

大きな桜のあるお宅では、桜吹雪の中
奥さんが高く携帯をかざしています。


浜に出ると花のひとつも人影もなく、
作業の終わった干場の台車やアスファルトの上に
様々な色や模様の猫達がだらりとしています。

普段魚を狙うので人に追われるのでしょう、
私達が近づくともそもそと移動します。

お休みのところごめんね、
あ、申し訳ない、と、
猫一匹一匹に連れが謝りながら歩きます。


朝、連れが自転車で河原から折って来たイタドリを
煮えないように熱湯を回しかけ、
すーっ、すーっと皮をむいて
水にさらしておいておきました。

ななめ切りにしてポン酢をかけて
しゃくしゃくといただきます。
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# by otenki-nekoya | 2013-03-31 20:49 | 散歩

禁門を護る

長年、例えば『白虎隊』のドラマなどは見ないようにしていました。

猪苗代湖畔を埋める白いソバの花を眺め、裏磐梯の景勝をめぐり、
野口英世の生家は訪れても、鶴ヶ城には足を向けませんでした。

倒幕派の土地柄、もしかしたら会津を攻めた、
という先祖が私に居ないとも限りません。

でも今年は某公共放送大河ドラマで、
会津の落城に立ち会う事にします。

会津の殿様が京都守護職に任じられてからは
上は帝、権を争う公家、去就不明の将軍後見職、
幕府より国(藩)を案じて不興を買う国家老、
ヒロインのあんつぁま達・正規の藩士、
更にその下に浪士には浪士・テロルにはテロルの新撰組、

そして国許で毎日を丁寧に堅実に暮らす女性達。
視点が縦方向に幅があって忙しいけんじょ、
よっぐわかった事がありやす。

長州は幕府に攻められ外国に砲撃され、
萩の資料館では「長州『征討』ではない、
あれは『戦争』だ」と主張していて
なんとなく気の毒だとずっと思っていました。

けれど今回のドラマで、「偽勅」に心傷め、
御簾の中で砲撃に耐える帝と
その信に応えんとする会津中将のシーンを見て、

あまりに畏れ多い、
これでは『征討』されてもしかたがない、
‥‥と、納得してしまいました。

その一方、大都会の真ん真ん中で
あんつぁま達正規軍隊が兵器を使用して応戦、
これも尋常ではない。

以前、蛤御門に残る砲弾跡を実際に見たときは
それほどにも思わなかったのに。
人が演じる映像の威力でしょうか。

春嶽公がものすごい悪者に見えたという時点で
すでに会津視点なのですが。

ドラマを見た後の復習には、講演記録なので語りが軽い
半藤一利 著『幕末史』(新潮文庫)がぴったりです。
長岡藩士の子孫の半藤先生は「薩長嫌い」と言いながら
勝先生の事はお好きなので、言うほど判官びいきでもありません。
大河スタッフも指針のひとつにしているのではないかとも思われます。

だけんじょ。
あいづの行く末が案じられて、いまがらせづなぐてなんね。
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# by otenki-nekoya | 2013-03-24 22:45 | TV

はなさか

春分の日の漁は普通に行われていて
春雨に霞んだ浜には四つ程の地引網が仕掛けられて
人と鳥が最初に引き上げられる網を待っていました。

その時、干場の裏の桜の蕾は
一粒残らず固く閉ざされていました。
町中よりだいぶ遅いな、と思いました。


日曜は主な漁が休みなので人影のない浜から
角を曲がると、目の前に、
ばばーんと巨大な白い塊。
隅々まで完全に満開の桜です。

間違いなく、同じ樹です。
三日見ぬ間のさくらかな、
四日間で何が起きたのか。

町中の桜は先に開きはじめていたのに、
まだまだばらばらな開き具合です。
ベランダから見下ろす桜なんて
上から見るとさほどでもなく、
下から見上げると満開に見えます。

海辺は遮るものがない──からでしょうか?

「そういえば」
山へ行くのはやはりまだ無謀だった、という事で、
当分は自転車で海沿いを走る事にした連れが言います。
「春分の日、□□の坂を降りるとき、
 全然気にもとめなかった枯れ木が」
今朝、岬へ上って、一気に下ると。
「ずうっと満開の桜のトンネルになっていた」

ああ。そっちの世界も素敵ですね。
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# by otenki-nekoya | 2013-03-24 22:01 | 散歩

「猫とは、大変可愛らしいものです」「知ってます」

連続TVドラマはあまり見ない連れが、
「これは名作だ!」と土曜日テレの
『泣くな、はらちゃん』をかかさず見ていました。

気がついているのでしょうか。

 ひなびた海辺で。
 「あれはなんですか?」
 「カモメです」

 「あれはなんですか!」
 「マグロです」
             『泣くな、はらちゃん』最終回

‥‥そっくりです。

他の世界から来た人ではなくても、
空間的には重なっていても、
人はそれぞれ少し異なった世界を生きています。

私の方の世界にはいろいろな花や鳥や星があって、
しかもそれぞれに名前がついている事を知り、
驚いた連れはあれは何、これは何、と聞きます。


 あなたの世界は素晴らしいです。
 自分の世界を好きになってください。

と、マンガの世界から出て来たはらちゃんは
現実の世界があまり好きではないヒロインに言います。

ものすごく気に入ったというのに、連れは
ドラマの設定の土台になっている、内気なヒロインが
「大好きなマンガのキャラクターを描いて憂さ晴らしをする」
という行為が最後までよくわかっていなかったようです。

そ、そうか。そっちの世界では、
マンガや物語はよんで楽しむもので、
自分でかいて楽しむという──概念がないんだ。
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# by otenki-nekoya | 2013-03-23 22:56 | TV

おへちゃ

海岸の干場で働く人達の所に、柴犬がかけよって行きます。
身を屈めたおじさんが立ち上がり、道路に出て来ると
ジャンパーの小脇にまんまる顔にまんまる黒目の子犬。

かわいいですねえ!

思わず声が出ると、おじさんがにんまり笑います。
白い喉から三角錐のような高い鼻を子犬に向けて
見上げている母犬よりも、
まんまるくてぺっちゃんこの黒い顔は、おじさんに似ています。

「えっ‥‥あの犬、親子だったの?似てないよ!」
小さいうちはあんなかんじですよ。
「タヌキみたいだったよ」
成長すればあの母犬のようなすっとした器量良しに
‥‥なるかどうかはなんともいえません。
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# by otenki-nekoya | 2013-03-17 20:34 | 散歩

下見

結局じっとしていられず、
連れは早朝の山に自転車ででかけました。

「去年、川岸に土砂を積んだ所があって、
 その裏にイタドリがいっぱい生えてて」
豪雨が続きましたから。
鮎が棲みやすいように、流れ込んだ土砂を浚うのでしょう。
「これは良いところをみつけた、と思って。
 あと一月ぐらいだ、と見てきたら」

──土砂が更に積み上げられていた。
「もうあそこでは採れない‥‥」
自分で見つけて採るのが楽しいんですね。
「こんなふうに変わっていくんだなあ」

ウグイスが鳴き、白木蓮が満開の山里で、
野山育ちの人はうっすらと喪失感に浸ったようです。
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# by otenki-nekoya | 2013-03-17 20:32 | 散歩

いつかはカラマーゾフ

「『カラマーゾフの兄弟』かして」
おお、ついに三度目の挑戦ですか。


年の初め、新聞書評欄のお薦め本に
『カラマーゾフの兄弟』が紹介されていました。
「誰もが生涯に一度は読むべき本、だって」
推薦した奥泉氏は超大作主義のお方ですから、
誰もが、なんて軽くおっしゃいますが。

連れが胸を張って言います。
「私は『カラーマゾフの兄弟』を読もうとして、二回挫折した!」
まだ読み切ってないという事ですか。
「なんでだろ」
なんでって‥‥長いのは平気なんですよね。
「『戦争と平和』は面白かった。
 『アンナ・カレーニナ』はあんまり面白くなかった」
どっちもドストエフスキーじゃないじゃないですか。
「『罪と罰』は面白かった。話はおぼえてないけど」
いや、忘れるような話じゃないでしょう。

亀山郁夫先生の新訳で良ければ、いつでもお貸しします。

三月に入って、あまりの花粉の猛攻に、
休日の自転車乗りをあきらめて、
連れは屋内に居る事にしました。

そして『カラーマゾフの兄弟』の文庫がTVドラマ効果で増刷された、
という新聞記事を見て読みたくなったようです。

「上・中・下の三巻だよね?」
それは新潮文庫版。
光文社文庫の新訳版は五巻になります。
「ご‥‥五冊‥‥?そんなに?」
だいじょうぶ。五巻目はほとんど解説ですし、
みてください、この字の大きさ!行間の広さ!
「あー。これなら読めそう」
‥‥単に字面の問題ですか?


その後、どうでしょう。
「ロシア人って、みんな早死にだなあ」
あの物語のテンションの高さでは、長生き出来そうもありません。
じゃ、なくて。
「面白い!」

それは良かっ
‥‥いや、まだまだ。
三度目の挫折がいつ訪れるかわかりません。
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# by otenki-nekoya | 2013-03-15 20:29 |

ちいさな建築

午後の電車は学生達で混雑しています。

真向かいの席には
ジャージの胸の白地に赤く刺繍した
『O高校剣道部』の名乗りが凛々しい
男女五人が姿勢良く座っています。

私の右隣にかけた女子二人は
家庭科のテストの話で笑っています。
友達が『りにゅうしょく』の『にゅう』を

「入る、のにゅうって書いたんやって」
「『離れて』『入る』食?」
それはありそう。

左隣にすわった公立進学校の女子は、
書店カバーをかけた、
建築についての新書を読んでいます。
モジュール、スケール、単位、素材、
小さなブロックを積みあげる──

隈研吾氏の著作のようです。
日本有数の建築家が大規模災害後に語る、
軽くて柔軟でひらけた、たてもののありかた。

日射しが強いので、眺望の良いガラス窓はカーテンがひかれ、
剣道部員の肩の上、隙間隙間に水平線が見えます。

このうみはいつかすべてをながしさる。
左隣の少女がおもいえがくたてもののすがたは
そのまえか、それともそのあとでしょうか。
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# by otenki-nekoya | 2013-03-11 19:39 |
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日記


by otenki-nekoya
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