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七日目のマウス

夜遅いTVニュースに、連れが身を乗り出しました。
「えっ‥‥これすごい!すごいね!」
緑色に光る幹細胞の画像に、ぱたぱたテーブルを叩いて喜んでいます。
一年数ヶ月前の報道の時の訝しそうな反応とは正反対です。

今回は「場」が見えるから。
「場」を作った人達が脇を固めているから、
この研究は、この研究者は、信用できる。

ところで、何の細胞で成功したんですか。
「あ。出てない」
笑顔の記者会見の映像が
‥‥終わってしまいました。
「‥‥何の細胞か出なかった」
まあ、ニュースの構成上、重要点でなかったのですから。
「マウスだろうね。明日の新聞で見よう」


3Dプリンタで復元した三角縁神獣鏡が魔鏡だった、
というニュースもなかなか面白かったのですが、
翌日の一面トップはもちろん細胞の写真です。

「生後七日目のマウスだって」
ちっちゃい。
「マウスは三週間で大人になるから」
二十日鼠、ですもんね。
「人間だと七歳?」

七歳までは──神のうち。
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by otenki-nekoya | 2014-01-30 21:27 | TV

明治は続く(後)

散歩にはあまり向かない強風の吹く中、海沿いを歩きます。
昨夜、土曜ドラマ『足尾から来た女』の後編を見た、と連れに話します。

本当に石川啄木が登場しましたよ。
仰る通りイケメンで、寂しい詩を書いて。
主人公は啄木と仲良くなります。

でも、東京時代の啄木というのはまあ──
みなさま御存知の通り、と申しましょうか。
「貧乏」
それはほとんどの登場人物がそうで、
英子さんにしても与謝野晶子にしても雑誌は大赤字だそうです。
思想や芸術は金にならない、という話ではなくて、
啄木は友人に次々と借金をして、それを遊興費にあてる。
「‥‥すごい才能を持つ人って、なんというかそういうところが」

ダブル石川があまりにも「だめんず」なので、
かえって主人公の自立のきっかけになるという。

『足尾から来た女』は昨年の大河ドラマの続編と言えなくもありません。
官軍のつくった国は、こんな国になりました。
主人公の社会的地位は天と地の差がありますが、
自慢の兄がいる(本人のポテンシャルも高い可能性)
国家権力に故郷を奪われる
女性も勉学をするよう勧められる

主人公はラストのモノローグで、
病院で働くのもいいな、と思いながら東京へ戻ります。
英子さんのような社会活動家ではなくて、
傷ついた兵士の看護をする八重さんのように。


前編の一話だけで終わっても充分な程のクオリティの作品でしたし、
もう一話作って、「大逆事件」の衝撃を受けたダブル石川の
その後の活動を見せてもらいたかったという気も少し、します。

さっちゃんにはそんな事、関係ないか。
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by otenki-nekoya | 2014-01-26 21:48 | TV

明治は続く(前)

年も改まり大河ドラマも新しくなったというのに
頭の中がまだ明治から戦国に切り替わっていません。

いろいろ引っ張ってきた明治本もまだまだ山積みです。
来年はまた幕末になるそうなので、
それまで塩漬けにしておくべきか?

片付けに悩んでいる時、某公共放送のドラマの番宣がありました。
足尾鉱毒事件?‥‥まさに今日的な題材とも言えますが、
いかにも視聴率取れなそうです。
明治の話だから見てみましょうか。

去年の大河ドラマは日露戦争直前で終わりましたが、
土曜ドラマ『足尾から来た女』は、
まさに日露戦争直後からはじまりました。

最初は、ながら見をしていたのですが、
途中で通りかかった連れを呼び止めます。
凄いですよ、村を出た主人公が女中勤めをするお宅ですが。
さっき宴席に居たのが幸徳秋水、堺利彦、大杉栄‥‥。
「へえー!幸徳秋水!堺利彦!それから誰って?」
連れも驚いて、立ち止まって復唱します。
「北村ユキヤは?何の役?」
さあ‥‥石川君と呼ばれてましたが。
「石川?石川啄木?」
その手があったか。
でも、いくらなんでもこの場に啄木はいないでしょう。
イメージも違うし。
「だよね。啄木はもっとイケメンだ」
‥‥えー、誤解のないよう申し上げておきますが、
ユキヤ氏は連れも大変贔屓の俳優さんです。
昨年大河の最後の方では、
屋敷を訪う一声を聞いただけで誰だかわかって
「あっ!懐かしい声だ!」と大喜びしたくらいです。

「大体、鈴木ホナミは何者なの?」
それが、若い頃は自由党、今は平民社と関わる
女性解放運動家・福田英子で。
「なるほどー、鉱毒事件の縁ね」

石川君(石川三四郎でした)も逮捕され、
村に戻った主人公の目の前で生家が取り壊されます。
県の役人として立ち退きを執行する兄が
自分が二〇三高地で使ったという銃弾を見せ、
「この弾は足尾の銅で出来ている」と諭します。
だからって。だからって、と叫び続ける主人公。

「こういう役をやらせたらオノマチコの右に出る者はいないねえ」
彼等に近づく、黒紋付に白い髭をなびかせた老人──田中正造、
不穏な一団の下に出る『続く』の文字。
「えっ、これ、続きがあるの?」
前・後編らしいです。
「なあんだ」
確かに、この悲壮な対立場面で終わり、でもいいくらいです。
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by otenki-nekoya | 2014-01-26 21:43 | TV

ひなた観音

里を囲む山はいちばん奥ひとつだけが白かったのに
今日はずっと手前の山が白くなっています。

海沿いではまるまるとしたイワシが目を貫かれ
ずらりとつり下げられて乾いた風に干されています。

冷たい風を避けて住宅地の路地を歩きます。
山の向こう側の向こう側の向こう側は
大変な事になっているでしょう。
夜のニュースで映像が出ると思いますが。

「屋根に上って雪を降ろすの?こわいね」
二階の屋根です。
「二階‥‥」
高い所の苦手な連れは聞くだけで脚がすくむようです。

そういえばこのあたりの旧い家の母屋は平屋が多いですね。
「段梯子を降ろせば上にあがれるよ」
それは貯蔵庫や蚕室で、居室ではないでしょう。


私が小さい頃住んでいた町では冬になると窓を厚い木の板で覆い
雪に埋もれる一階は地下室のようになりました。
だからどこも日があたるように二階建てで──

日はあたらない。おおむね冬の空は曇っています。
でも積もった雪が光るので、降っている時以外は
とても明るかった印象があります。
真っ白な中を遊び回りながら、コドモは楽しいからいいけれど、
ゆきかきやゆきおろしをするオトナの人たちはたいへんだなあ、

きっとそのうち、雪が降っても積もらない道や屋根が出来るから
だいじょうぶ!と思っていました。


「できなかったね」
技術が目覚ましく発展して行く中、日陰に残る雪のように。

影の落ちる路地で、日の当たるところを伝って歩きます。
明治に打ち壊された寺から、
からくも運び出されて難を逃れたという
重文の観音様がそこの小さなお堂に

「‥‥やっぱりこういうところがあったかいんだなあ」
お堂の格子戸の下の段にぴったり身を寄せ
黒いお面を斜にかぶったようなブチ模様の猫が
正面から射す冬日にあたって
溶け残った雪のように白く光っています。
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by otenki-nekoya | 2014-01-19 22:21 | 散歩

ひなた神

年が明けてからこれまでこの部屋で
日中に暖房を使った事がありません。
窓を開けていても日射しが当たると
衣服の黒い部分など熱くて痛いようです。

この屋根の上にもパネルはありますが、
太陽光に発電をさせて電気器具で温まるより
太陽光を熱源として使った方が効率が良いようです。
もともと温室園芸が盛んな土地です。

ただ温室効果を生む空気ではないので
日が陰ると都会よりもはるかに冷え込みます。
蓄電池のように蓄熱ができないものでしょうか。


日本海側を埋め尽くす湿った雲は
行く手に立ち塞がる山々に次々ふるい落とされて
この里を包む山の一番奥で最後の雪を落とします。
外に出ても風さえあたらなければ寒くはないのですが、
何層ものフィルターに漉された乾いた北風が吹いています。

遮るもののない海岸沿いは特に風が強い。
いつもガラス戸を閉め、何人もの高齢者が
テーブルを囲んでくつろいでいる小屋があります。

「あったかそうだなあ」
日の当たる居酒屋みたいですね。
「いや、こっち」
連れの指差した先に小さな鳥居がありました。
いつも通るのに、小屋に気を取られて気がつかなかったのです。
いつもは小屋の影にもなっているのでしょう。

風雨と潮に晒されて薄黄色になった白木の小さな祠の
段の中にすっぽりと薄黄色の猫がはまりこんで目を閉じています。
正面から射す冬日が当たり、祠と猫は黄金色に輝いています。

何の神様かはわかりません。
この地区の氏神様でしょうか。
眠り猫付きだから権現様か。

猫ぐるみ祠に手を合わせます。

そこの爺様婆様達とこの猫にいつも
暖かい日射しが降り注ぎますように。

「お賽銭が置けない」

それより、正面に立ってはいけません。
日陰になります。
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by otenki-nekoya | 2014-01-12 22:03 | 散歩

はつはる

暖かい年明けとなりました。

いつもの浜沿いを歩いていると、
新年二日でもう干場は大忙しです。
開いたカマスが延々と並び、
作業所の屋根の上には真っ白なイカが
風がないので行儀よく吊り下がっています。
堂々とした体格の猫達も悠々と闊歩しています。

つい小春日和などと言いたくなりますが、
使い方としてはまちがいなんですね。
「小春じゃないもの。春だよ」
新春。初春。

普段は人っ子一人いない砂浜にかなり人影が見えます。
どのグループもでこぼこしていて、
ほとんどが子供連れだと判ります。
路肩や駐車スペースに、都会や雪国ナンバーの車が停まっています。

風もなく、波もなく、
ただいっぱいのひざしと空と海だけの中
人々は歩きにくい海岸をみんな横並びになって
すいよせられるように水平線に向かって進みます。

みなさまにとって新しい年が
この海のように穏やかで
この空のように明るいものでありますよう。

今年もよろしく。
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by otenki-nekoya | 2014-01-02 20:03 | 散歩
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日記


by otenki-nekoya
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