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雨空に手がとどく

雨が降ると必ず一本の、
同じ傘を手にしてしまいます。
紫がかった灰色の、地味な傘です。

雨の日だからこそ華やかな色柄の傘はいくらでもあるのに。
もう何年も使い続け、骨が一本歪んで、
洗ってもとれない黒ずみが線になって、
それでも雨が降ると、このみすぼらしい傘をさして出てしまいます。

同じようなグレイの新しい傘に買いかえようと思っても、
これは少し色が濃すぎる、これは少し銀色すぎる、
この縁のレエスは要らない、これは少し──青すぎる。
同じような色合いはなかなかみつかりません。


いつもより十日も早く、雨の季節がやってきました。
あの傘を手に取り、ボタンを押します。
むらさきがかった明るい灰色が広がります。

そうか。

雨の日の空の色なんだ。
私の頭の上にひろびろと
空が続いているような感じがして。

きらきらと眩い五月の輝きが
まさしく水を打ったようにしずまった日、

頭上に広がる雨空の下を歩きます。
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by otenki-nekoya | 2013-05-28 22:28 |

幕末の観察者

維新前後の日本をつぶさに目にした英国人、アーネスト・サトウの
『一外交官の見た明治維新(上・下)』(岩波文庫)も、
今年の大河ドラマの時系列に合わせ、会津視点で読み返しています。

ちょうど今日の放映は王政復古後、
京都から大坂に逃れた慶喜公が、
外国公使達に面会する場面がある回でした。
あそこに通訳のサトウ君が居たはずです。
彼等は大坂で神戸開港を待っていたのですが、
そこに政変が巻き起こったのです。

生麦事件の直前に十九歳で来日した通訳生サトウ君は
明治に至るまでに数多くの事件に遭遇し、
幕末有名人と会話を交わしてひととなりや容貌を記録しています。
幕末好きなら「おおっ、すごい、生■■と話してる!」と、
大盛り上がりで読める事受け合い。


慶喜が新将軍となった際の謁見で、

 将軍は、私がこれまで見た日本人の中で最も貴族的な容貌をそなえた一人で、
 色が白く、前額が秀で、くっきりした鼻つき──の立派な紳士であった。

幕末一のイケメンは‥‥慶喜?
その立派だった将軍がわずか八ヶ月後、すっかりやつれ、
隊列を連ねて騎馬で大坂入りする姿をサトウ君は見ています。

彼は純粋な観察者ではありません。
彼等外国人の存在があったからこそ、
目の前の事態が引き起こされているのです。

将軍の行列を眺める直前、警護の会津兵でいっぱいの町の、
馴染みの料亭で「会津の家老」と意見を交わしています。

 (家老は、)後藤の考えは実行出来るならおもしろいが、
 一般国民はまだこうした根本的な改革にたえうるほど
 成熟はしていないようだ、とも言った。
 私も代議政治をもって従来の専制政治に代えるのでは、
 まことに奇妙な結果になりはしないかと考えたので、
 この家老の言葉に賛成だった。

後藤象二郎の考えを肯定する会津の家老‥‥。
確かに会津は人材が多いので議会制に向いていたかもしれません。
この御家老様、誰なんでしょう。
以前、サトウ君の前で洋酒をかたっぱしから飲んでみせた
面白エピソードがある梶原様はこの時江戸詰めでしたので、
ドラマで目立っていた田中様だったりすると楽しいのですが。
‥‥楽しくはないか。

大坂で慶喜と会見する際に、
英公使と仏公使がどちらが上位か、もめます。
一見どうでもいいようでグローバル的にはものすごく重要なケンカの中、
やせた会津公と桑名公を見かけます。

そして鳥羽・伏見の戦がおこり、まるで「仁先生」のように
各地でその腕が重宝される外科医ウィリスが会津兵の手当をします。
感謝した会津兵は、

 イギリス人は世界で最も善良で親切な国民だと信じ込んでいる様子であった。

この書き方。
──そんなんじゃないのに。
24歳にして日本語通訳官のトップになっていた
サトウ君は、内心思ったのでしょう。
この文の次に彼は、自分が薩長土と手を結んでいると書いています。

観察者の存在が、観察する現象を変化させる。
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by otenki-nekoya | 2013-05-19 22:07 |

中岡さんの手紙

『汗血千里の駒』を読んで意外に思ったのが、
主人公とともに暗殺された中岡慎太郎の手紙。
藩の兵制に関する意見書が引用されていました。
論文のようなものなので、龍馬の手紙のように
面白くはないのですが、

そうか、慎太郎って結構過激‥‥!
「自由闊達な龍馬、周到慎重な慎太郎」という
ペアのイメージを勝手に作っていたけれど、
龍馬と一緒に殺されたのは偶然だった訳ですし。

真っ正面から撮った真面目そうな写真と、
名前の「慎」の字面から想像していただけで、
あと、小さい頃はダメな子で乙女姉やんにしごかれ、
剣だけは強い龍馬と比べ、
毎日山道を上って勉学に励み、若庄屋として手腕を発揮し
領民に慕われた優等生、という印象も慎太郎にはあったので。

無意識に、龍馬と対照的な相棒としてキャラ設定していましたが、
慎太郎は慎太郎で独自に活動していて、
蛤御門では長州軍に居てあんつぁま達と交戦した程だし、
薩長連合での役割は龍馬以上に重要だったと言うし、
満面の笑顔の写真も発見された事だし、
同じ「慎太郎」で過激な発言をする元知事もいるし、

中岡は相当の武闘派だったのでした。
今年の大河ドラマでは台詞の中に二回名前が出ただけでしたが。

ところで、慎太郎が兵制改革説を送ったのは藩内の有力者で、

 而して慎太郎が知己の有力者といえるは果たしてその誰なるや否は
 次号に於て開巻驚奇の分解を下すべければ
 看官乞う刮目して待ちたまいねかし
                  『汗血千里の駒』第四十九回

なんだかすごい人に送ったそうですよ。
刮目して待ちたまいねかし!
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by otenki-nekoya | 2013-05-17 21:35 |

『汗血千里の駒』

三年前、大河ドラマ人気に合わせて復刊された、
『汗血千里の駒』(岩波文庫・明治十六年に新聞連載)を
現在のドラマの時系列に合わせて読み返してみました。
作者の坂崎紫瀾は、大河ドラマ『龍馬伝』で、
豪勢な屋敷に住む岩崎弥太郎に取材をしていた新聞記者君です。

後に世に出た資料などで私達が知る事実とは異なるところも多く、
たとえばあの有名なイラスト入り手紙はまだ出ていなかったのか、
霧島の「天の逆鉾」はお龍さん一人で引っこ抜いた事になっていたり、
下手人は新撰組と決めつけられていたり、
海援隊士が復讐のつもりで紀州藩士を襲う場面を
(濡れ衣なのに)快挙として描いたりしています。

現在では定番中の定番、「薩長同盟」現場の名場面はなく、
桂さんの「裏書きを見て安堵しました」というお礼の手紙
(坂本家跡取り所有)を見せてもらった作者の紫瀾君は、
詳しい事はわからないので旧海援隊の人々に尋ねてみる、
と連載の中で補足しています。

当事者達に話を聞ける、というところがすごい!
亡くなったばかりの人達や現役バリバリの人達を
悪く言う事はできないので、創作活劇として
登場人物のほとんどは美化されていますが、
資料をいくら並べたって時代の躍動感はかなわない。

明治十六年。
御一新が人々の記憶に新しかった時代。
けれど人々の記憶から「坂本さん」が忘れられかけた時代。
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by otenki-nekoya | 2013-05-16 22:30 |

黒幕はいらない

今年の某公共放送大河ドラマでは、
京都での政治的な場面や事件の進行はほぼ
半藤一利先生の『幕末史』(新潮文庫)の描写に即しています。

武力倒幕に驀進する薩摩が、いわば悪役です。
「西郷さんのファンはいやじゃないのかな?」
いや、いいじゃないですか、黒西郷。いやあ、強くて凄くて、黒い。
これまで大久保さんに押し付けられていた薩摩のダークサイド、
やっぱり日本一恐ろしい男(海舟:談)に担ってもらわないと。

「坂本さんは残念でした」
「大義のため、ごわす」
(こんな場面はありません!)

今年の大河ドラマでは、三年前の大河ドラマの主人公は
会津藩士の視点では、水面下の見えない存在として扱われています。
さしもの幕末ヒーローも、今回のドラマの中では
会話の中で名前が二回、後ろ姿が一回出ただけでした。

実際には彼は長崎で会津の家老の息子、
修理様と面会していますし、
銃の買い付けに苦労していたあんつぁまも、
海援隊の羽振りの良さを苦々しく見ていた事でしょう。
なにより京都の治安を守っていた京都守護職関係者が
天下のお尋ね者を知らない訳はないのですが、
なにしろヒロインの出番がないほど京都が忙しいので。


それでもドラマのタイミングに合わせ、
某公共放送「歴史秘話」番組は、
いわゆる幕末最大ミステリー「龍馬暗殺」を取り上げました。

ネタ元は、磯田道史先生の『龍馬史』(文春文庫)。
もちろん実行犯は御存知佐々木只三郎率いる
京都見回り組で確定ですが。

長岡藩士の子孫の半藤一利先生は薩摩黒幕説でしたが、
その半藤先生が文庫の帯に敗北宣言をしています。
「暗殺の謎が解かれ、この本が『定説』となるだろう。」

磯田先生は古文書速読名人、
つまり当時の人の手紙や日記を
かたっぱしから直に読めるという強みがあります。
ただ書き手の見方や思惑というものがあるので
その中から「事実」だけを積み重ねて行くと‥‥。


私自身は学生時代、
初めて司馬遼太郎の人気小説を読んだ時、
あまり主人公に好感が持てませんでした。
世間はこれこそ理想の男ともてはやすけれど、

武士の風上にも置けぬような輩ではないか。
‥‥我ながらどれだけ旧弊な学生だったんだ。
まるで京都見廻組のようです。

本質的に武士ではなかったからこそ、
武士の世を終わらせる事が出来るのだ、と
その力に気付いたのはずっと後の事でした。

大河ドラマ『龍馬伝』の最終回、
血刀を下げて近江屋を出た佐々木只三郎
(現・猿之助、当時は亀治郎、がゲスト出演)が
絞り出すように叫びます。

「奴は、我等の全てを無にしたのだッ!」

誰に命じられようが関係ない。
しいていえば。
天が、命じた。
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by otenki-nekoya | 2013-05-15 22:18 |

漂泊の女王

1064円、ちょうどあります。
パン屋さんのレジに小銭を並べたところ、
店員さんに、これ一円玉じゃありません、と
銀色の硬貨を一枚返されました。

え?
小銭入れの中に見たときは一円玉だと思ったのに。
返された一枚の大きさはまさに一円玉ですが、
確かにアルミのしらじらとした色と軽さではありません。

10CENTS?
でも米国のdimeではありません、
エリザベス二世の肖像が。

一円玉はもうなかったので
ペニー‥‥ではなく十円銅貨を出して
おつりをもらってレジを離れ、
英国10ペンスではないのに女王陛下を戴く
銀色の10セント硬貨を眺めます。
二本マストの帆船の上の文字は

CANADA‥‥?


うちの電話台には小銭置き場があります。
連れが時々財布が重い、と
小銭をざあっと空けていきます。

その中から私が五円玉と一円玉をひきとって、
小銭ぴったりの支払いに使います。

混入するルートはここのみ。
まず、どこかのどなたかが
カナダ10セントを一円玉と間違えてどこかの店舗で使い、
それを受け取った店員さんがレジに入れ、
当人か別の店員さんが連れにおつりの一円として渡し、
疑いもせず受け取った連れがうちの小銭置き場に放出、
気がつかずに小銭入れに入れた私がパン屋さんで並べて、
そこでやっと店員さんに看破された。

最低四人、七回のチェックポイントを通過しているのです。

女王陛下。
このようなさいはての地に
よくお越しくださいました。
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by otenki-nekoya | 2013-05-14 21:17 | 散歩

なみはずれた知性

うちで「湯川先生」といえば
ドラマでも人気の犯罪の物理トリックを解明する準教授ではなく、
日本人初のノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹博士です。

連れの地元同級生で現役物理学者のS先生と、私の
一推しの物書き物理学者といえば、寺田寅彦先生です。
ふとしたきっかけから思い起こされる郷愁に満ちた光景を描き、
みのまわりのささいな現象に不思議を感じ、
法則を探るべくいきなり数式を並べて計算を始める
(その場で地面に書きなぐったりはしません)などの技は、
科学の目を持つ、漱石の弟子ならではの名人芸。

日本人二人目のノーベル物理学賞受賞者の
朝永振一郎先生も名文家で、とても平明な文章で
難解な事象も楽しい例えを用いて
普通の人にも分かるように解説されています。
この、普通の人に分かるように、と言う事ができるという事は
普通の人の感覚があるという事なので、
すごい頭脳の持ち主にもかかわらず、とても普通の人に感じられます。

極度に内気な湯川先生は
他の利発な兄弟達にくらべて学問が不得手に見えたのか、
父親が、この子だけは大学に行かせないでおこうか‥‥と
中学の校長に相談したところ、校長は驚愕して言ったそうです。

「あんな知性はこれまで見た事がない、
 そんな事を言うならあの子を私にくれ!」

‥‥実の親にも見抜けない並外れた知性。

湯川先生の文章はしいんと静かな、少し寂しげな格調高い文章で、
連れは湯川先生の文章を一番気に入っています。
漢文を読みはじめたのもその影響のようです。

しかし、内面も外面も大変に静かにみえる湯川先生ですが、
考え事に没頭すると無意識にすごい勢いで部屋をぐるぐる歩き回るので、
京大物理学研究室で同部屋だった朝永先生は、逃げ出していたそうです。

ノーベル賞のお二人が実験物理に行かずに理論物理の方に行った理由が、

朝永先生:身体が弱くて立ったまま一時間以上実験が出来なかった
湯川先生:手先が不器用でどうしても実験用のガラス細工が作れなかった

 実にお恥ずかしい次第だがこんなことが一つの動機ともなって、
 とにかく理論をやることになった。
 私はしかし今日の物理学が理論と実験とに分れているのは、
 やむを得ない分業であって、出来るだけ両方に精通するように
 努力すべきことをつねづね痛感している。
 いつの間にか自分が純然たる理論家になってしまったことを肩身狭く、
 且つ淋しく思う気持ちを消すことが出来ない。
 したがって後進の人達にもけっして理論家になることをお勧めしないのである。
                           (昭和十一年十一月)


さすがは戦後の日本人全てに勇気を与えた湯川先生のお言葉、
実に励みに、

ならない。
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by otenki-nekoya | 2013-05-13 22:27 |

子曰く、道は人に遠からず

連れが本を読んでいます。

『中庸』(講談社学術文庫)

‥‥。
『中庸』って。
『四書五経』の『四書』の一つの『中庸』?
なんでまた?
「湯川秀樹博士は小さい時、お祖父さんに
意味が全く分からない漢文を習ったって」

素読ですね。
まるで藩政時代そのままに、子供達が声を揃えて。
正岡子規も小さい頃お祖父さんに漢籍を習ったそうです。
私の曾曾祖父の一人も漢学者なので、明治になっても
曾祖父達は無理矢理素読をさせられたはずです。

「子供の時に、意味はわからなくても丸覚えするって、良いよね」
小さかった湯川先生は可哀相に、泣きながら教わってますよ。
「でもそれがすごい『身になってる』感じがする」

連れは学生時代、古文・漢文をおろそかにした事を
今になって悔やんでいます。
子供のように丸暗記は出来なくても、
大人は意味がわかるからいいじゃないですか。
『論語』は読んだでしょう。
「論語は面白かった」
『中庸』はどうですか。

「ものすごくねむたい」
当たり前です。
四書五経の素読など、意味が分からないながら
声に出して身体に覚え込ませる事に意義がある。

「し、いわく、みちのおこなわれざるや、われこれをしる。
 ちしゃはこれにすぎ、ぐしゃはおよばざるなり」
どうですか。
「うん。気持ちがいい!」
それは良い事ですね。
だから素読は長く続いてきたのでしょう。

「し、いわく、てんかこっかをもひとしくすべきなり。
 しゃくろくをもじすべきなり。
 はくじんをもふむべきなり。
 ちゅうようはよくすべからざるなり!」

‥‥ここは寺子屋か。
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by otenki-nekoya | 2013-05-04 22:14 |

休日のサムライ

いつも歩く海沿いの道を自転車で走ります。
青い海と青い空と新緑の山と柑橘の花の香り。
海は平日通りに漁の船がたくさんでています。

連休中だというのに、定番の白装束の巡礼や
外国人の自転車旅行者などをあまりみかけません。
波が穏やかで、岩場では磯釣りをしています。

自転車道から見晴らしの良い休憩所に上がると、
ぺかぺかと赤いコンバーチブルや四輪駆動車などが停まり、
子犬を遊ばせているカップルや、
風景をスマホで撮影してつぶやきを流している娘達、
金髪の白人青年等、意外に若者が訪れています。

「ニュージーランドの留学生だって」
話したんですか?
「そこでTさんに会った」
ああ、むこうに日傘が見える。
今の時期日傘をさしているのは地元民ですね、
観光客はそこまで日射しを気にしていない。

「息子さんの友達なんだって。
東の岬に行こうとしたけど、渋滞で車が全く進まない」
なるほど、このへんに人がいないと思ったら、
みんな荒波打ち寄せる奇岩を観に行っていましたか。
「あきらめて、近所の武家屋敷を見せて」
これから藩政時代の美術展示館に行くそうです。

まあ、NZ人なら海も山も見慣れているから、
サムライ・ツアーもいいかもしれませんね。

自転車道を戻っていくと、
菅笠に金剛杖の巡礼姿が板についた
巨漢の白人青年がにっこりと笑顔を向けて、
青い海と青い空と新緑の山が延々と続く
長い長い道を歩いて行きました。
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by otenki-nekoya | 2013-05-03 21:41 | 散歩

君や知る レモン花咲く国

窓を開けると風に乗り、
外に出ると青空の下に、

檸檬、柚子、橙、蜜柑、
さまざまな種類のオレンジの

花は皆白く、
町は芳香に包まれて。

どこにもいかない。
なにもしない。

呼吸をするだけで天上に住まうような
黄金の週間。
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by otenki-nekoya | 2013-05-01 20:38 | 散歩
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日記


by otenki-nekoya
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