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あらしのあとの名月

雨風が洗い浄めて大気は澄み切っています。
塵があるほうが夕陽は赤く染まるのですが、
塵ひとつないので陽はそのまま光って落ちて、
地平線の上が金色の帯になります。

今年は無理だと思っていたけれど間に合いました。
嵐の去った東の空に、
まんまるい金色の月が。

今、風の中で滅茶苦茶になっている
東の皆さんには申し訳ありませんが、

これ以上望むべくもない程完璧な
中秋の名月です。
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by otenki-nekoya | 2012-09-30 22:40 |

あらしの境界

灰色の世界の中から空を見上げると
世界の境目が大きな弧を描き、
外側の明るい水色が近づいてきます。

あらしが終わる。
雨が止むと同時に外に飛び出します。

頭上を厚い雲の円盤が通り過ぎ、
いきなりライトを浴びせられるように
強い西日が射します。
上空で台風を観測しているカメラからは
雲の下から姿を現した私がみえたでしょうか。

風で落ちた葉は赤や黄色に色づいて、
つやつや光るすすきの穂が並んでいます。
紺碧の空、輝く露、風に飛ぶ綿毛、
一瞬で世界は彩りにあふれます。

こもっていた生き物達も一斉に出て来ました。
上から降るツクツクボウシの声、
下から湧き上がるコオロギの声、
アカトンボが群れ、小鳥がさえずり、
各窓は部屋干しの洗濯物を出して傾いた陽にあて、
白いむく犬と婆様が散歩し、
電信柱の上で鴉は羽根を乾かしています。

小型の猛禽達はまだ乱れる気流をとらえようと
バランスを崩しながらも舞い上がり舞い上がり、

──サシバ?

渡るのですか。
嵐の去ったばかりのこの空を。
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by otenki-nekoya | 2012-09-30 21:36 |

偉人の証明

秋風が心地よくなりました。

公園の銅像を訪れる観光客がいないので、
千円高速以前と同じように、銅像の立派な台座は
再び小学生達のおきにいりの場所に戻りました。

石造りの垂直の台座はけっこう高さがあって、
たいていは男の子達がよじのぼり、
ゲームをしたりマンガを読んだりしています。

今日は女の子が二人、台座の上で風に吹かれて
カラフルな長いプリント用紙を
絵巻物のようにぴらぴらさせながら
銅像の足下で宿題をやっているようです。

連れと喋りながら横を通ると、
台座の上から女の子の一人に声をかけられました。

「ねえ、△△△ってどんなひと?」
銅像の偉人は基本、名前を呼び捨てにされます。

えー、知らないの?
「うん、キョーミある!」
女の子は満面の笑みです。

ものすご〜く大きな会社を作った人だよ。
連れも大声を出します。
「『▲▲』って、聞いた事あるろ。
▲▲電気とか、▲▲自動車とか、」
「あるー!」
▲▲銀行‥‥は合併して名前が長くなっちゃった。
▲▲商事、▲▲重工、▲▲マテリアル、▲▲地所、
といっても小学生には馴染みがないけれど。
「まあ、とにかく、大っきな会社をつくった人や!」
女の子は台座から身を乗り出しています。
「すごーい!」
どれだけ通じたかはわからないけれど、
大人二人の熱演に、素直に感心してくれました。

「生まれたおうちも向こうにあるで」
連れが山の方を指差します。
「えっ、△△△の生まれたとこ?」
そう、行った事ないかな?
「ちょっと距離あるけど古い、農家みたいな」
連れは腕で茅葺き屋根の形をしてみせます。

「家族で行った事ある!
ええ〜あれ、△△△のおうちやったの?
知らんかったあ」
女の子はおおはしゃぎです。
「もっと、ヘンな人の家かと思いよったあ」
‥‥。

「わかった!ありがとう!」
にっこり笑った女の子は次の瞬間には
プリントをひるがえして友達の方に向いていました。


このあたりの人は他人に「怖じない」というか、
全然知らない人に普通に話しかけるし、
まるで友達のように敬語も使わないけれど、
小学生でもそうなんだなあ。

「へんなひとって?」
‥‥たぶん彼女の家族が車で行ったのは、二年前です。
「ああ、ドラマで盛り上がってた時か」
おうちのひとは小さかった彼女に、
『ドラマの役』に沿った説明をしたのでしょう。
ドラマを見せて「この人」と言ったのかもしれません。
「それは確かに‥‥変な人にしか見えんわなあ」

大人だって、よく知らないんだと思います。
「貧乏」でも「頑張って」「勉強」した、という
「偉人」の条件は満たしているけれど、功績となると。
こうして半自給自足で暮らせるような地方に居ると、
「大企業」がどれほどの力を持つ存在か実感がない。

町の資料館に展示された赤煉瓦壁の欠片と地図から
世界の中枢の一つとなったオフィス街を思い浮かべ
身震いをした地元民はたぶん少ない。

県内には歴史上の大勢のヒーローが居ますが、
ほとんどが政治活動、それも字義通り己が生命をかけた人達です。
「○○、□□□、●●、■■■、‥‥そうだね、みんな政治だ」
経済的成功者は現代でこそヒーローですが、
武士的価値観ではあまり評価されなかったでしょう。
だから学校でも経済方面はあまり習わなかった。
「今になれば、近代国家ニッポンをつくるとき、
△△△がどれほど重要な存在だったか納得できるんだけど」

ああ、そうですね。
△△△は大きな会社をつくって大金持ちになって、そして
この国も、日本も立派な国にしてくれた人なんだよ、って

銅像のあしもとに居た女の子に、そう言えばよかった。
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by otenki-nekoya | 2012-09-22 22:40 | 散歩

傘のつかいみち

川の斜面に真っ赤な花のラインがつながり、
朝晩は急に冷え込むようになりました。

さすがは彼岸です。

それでも日射しは痛いようで日傘は手放せず、
どれだけ晴れていても突然豪雨に襲われるので、

結局晴れていても降っていても大きな傘を
ほとんどの女性はさして歩いています。

公園の樹の枝に傘の柄がかかっています。
枝の下は生け垣で見えません。
忘れ物かと思ったら、
柄がくいくいと引っ張られました。

少し黄色く色づいた葉の間に
ぶよんと赤身を帯びた実が見えます。

あ、ギンナンをとっている。

ころころほくほく、といえば、
夏は生の落花生、ほんのり甘いけど
殻ごとゆでるのに四十分くらいかかります。
昨日はむかごが並んでいました。
来週の産直市が楽しみです。

実のついたぎんなんを受け止めた傘は、
洗ってにおいを取らなければ、
さして帰る事はできないけれど。
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by otenki-nekoya | 2012-09-21 21:36 |

ルビがつぶれそうなほど小さい文字

町に一軒の書店に、
『ファウスト』新訳版(集英社)はないようです。
「訳は今のでいいよ」
じゃあ、同じ新潮文庫で。

「怖い!表紙が怖い!」
私の本は無地でしたね。
「厚くなってる!」
連れが文庫本を手に取って驚き、開いて驚いています。
「字が大きい!全然違う」
昨夜読んだ部分を立ち読みして、更に言います。
「これ、文章も少し違うよ」

ええ?でも訳者は同じ高橋義孝ですし、
初版発行も昭和四十二年だから、
私の本と文章自体は変わりはないはずですが。
「いや、違う、ずいぶん読みやすいもの」

そうかなあ。
それじゃ、例の、博士が契約を結ぶ所。

「え?覚えてるの」
連れはあわててページをめくって指を載せます。
いきますよ。

 己がある刹那に向かって、
「己がある刹那に向かって、」

「とまれ、お前は本当に美しい」といったら、
「『とまれ、お前はあまりにも美しい』といったら、」

あっ、違うっ!
「やっぱり違うでしょ!だいぶ印象が違うよ」

‥‥連休で普段より客の多いTUT▲Y▲の棚の前で、
何のまじないをやっているのだ、と思われそうです。
そそくさと二冊組を買って帰ります。



比べてみたら、『ファウスト(一)』で
私の本は311頁、新しい版は381頁、
字が大きく、行間が広がったぶん、厚さは二割り増し。
文章は基本同じですが、
微妙に言葉をわかりやすくしている部分があります。

奥付にある平成二十二年の七十六刷
改版時に文章も変えたのでしょうか。
これは平成二十三年の七十八刷だから、つい最近ですね。

読みやすさは格段にあがったようで、
連れは昨夜とはうってかわり、
のめりこむように読み進んでいます。


 ──綺麗で詠み易い新しい本がいつでも手に入るというのに、
   こんな黄ばんでルビが潰れそうなほど字が小さくて
   指ががさがさになってクシャミが出るような古ぼけた本を
   なんで捨てようとなさらないんで?

 捨てやしないよ、これがあるからいつでもこうやって
 古い馴染みと無駄話ができるんじゃないか。

 ──へっ。
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by otenki-nekoya | 2012-09-16 20:19 |

あの学者先生ですかい

ドアを開けた瞬間、連れが
「ふぁうすとあるよね」
と、言いました。

えーと‥‥何がどこに。
「『ファウスト』、持ってるでしょ」
ああ、はい、‥‥え?読むんですか?

なんで今?

以前ゲーテの『ファウスト』の話をしたのは、
ユーロ危機のふぁーすと・いんぱくとの直後だったと思います。
希臘人と独逸人の話題で思いついたのです。

古代ギリシャの絶世の美女ヘレンを手に入れても
幸せになれなかったファウスト博士が、
心から満足したのは、何をした時だったでしょう。

「満足?」

最後に、つい、ある瞬間に向かって呼びかけてしまうでしょう。
『とまれ、お前はいかにも──』

その刹那。
連れが目と口を大きく開いたまま
石像のように動かなくなってしまいました。

思わず心の中で叫んでしまいます。

 めふぃすと、ふぇれーーすっ!

 ──何でしょう。

 私は、お前と契約した覚えはないよ!
 ──そうでしょうとも。こちらとしても得る物がまるでありゃしない。
   そちらにいらっしゃる先生とならば、喜んで賭けを致しますが。

 何を性懲りも無く。以前あれだけの骨折り損をして、
 このお方の魂だって、お前なんぞの手に入るものか。


「‥‥おぼえてない」
あ、動いた。
目を瞬かせて、心底驚いたように連れが呟きます。
「全然、覚えてない。読んだ事は覚えてるのに、全く記憶にない」
それはまあ、別によくあることです。
「すごいなあ、こんなにきれいに忘れるものかな!」
忘れますよ。

正月休みの最後の日、
寒風に吹かれながらスーパーの店頭で
そんな立ち話をしたのでした。


実を言うと、私も最初に『ファウスト』を読んだ時には、
その有名な『瞬間』に、ちょっと拍子抜けしたのです。
なんだ、そんなあたりまえな事か、と。
独逸人は真面目だなあ。

なるほど、そんなものか、と納得できるようになったのは
それからずっと後、何年も人間をやってからの事でした。


そんな訳で、ものすごーく古い本ですが。
「‥‥ホコリがたちそう」
それより。昔の文庫本って、文字が。
「うわーっ、字が小さい、字が詰まってるっ」
読みますか。
「読む。貸して」


どうです。
「悪魔じゃなくて、睡魔に襲われる」

やっぱり、最新の読みやすい版を買いましょう。
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by otenki-nekoya | 2012-09-15 22:14 |

びっくりするお話

明け方に見た夢をそのまま小説の書き出しにする、
いしいしんじさんの執筆作法が朝刊に載っていました。

夢をうつしたような文章といえば、いしいさん、
川上弘美さん、稲垣足穂、横綱は百鬼園先生。
漱石先生の夢は夢としては筋が通り過ぎている。
夢を言葉に置き換えるのは至難の業です。


例えば私が今朝見た夢。

 本棚を片付けていて、床に近い棚の学術雑誌をめくってみると、
 論文の余白に複数の手書きの書き込みがあります。

 『今やってるシークエンス解析のほうがこれよりよっぽど難儀だ!』とか
 延々配列を書き並べて『誰か解読お願い〜』というような。

 論文発表者の一人の名前に矢印をひいて、
 『この先生、外国人に囲まれて車に乗せられてた!』
 私はその現場を思い浮かべながら、
 いや、あれは□□大学の先生達が迎えに来ただけで、
 誘拐じゃないから、と思ったり。

 書き込みが面白いからこの雑誌捨てられないなあ‥‥

本を片付けながら捨てたくない、
という未練の気持ちがありありと現れています。
紙にペンで書かれてはいるけれど書き手が不特定多数で、
これはネットの書き込みのイメージですね。


例えば昨日見た夢。

 明るい部屋の隅に、友人が静かに座っています。
 彼女の傍らに、茶色い小さなものが
 ぱらぱらと十個ほど浮かんでいます。

 地味な色合いの蝶です。
 膨らませた透明なビニール袋の中に
 とまっているかのようにまとまっています。

 この蝶はそれぞれ、彼女に寄せられた想いなのですが、
 蝶達はあまりにも控えめで、彼女はすぐそこにある
 そのひっそりとした存在に気付いていません。

 彼女はこのままずっと蝶達に気付かないんだろうなあ、と、
 しんみりとしたような微笑ましいような気持ちで眺めています。

最近友人が結婚しました。夢に出ていた彼女とは別の人です。
蝶は、蝶のコレクターが登場人物のTVドラマを見たせいか。


私の夢で見えている物は「気分」を説明するための道具で、
素材の出所はごく手近なものが多いようです。
もう少しタガのはずれた、奇想天外な夢が見たいけれど。

いや、そうではありません。
夢を人に伝えようとして、
あるいは自分が覚えていられるように、
カメラで撮った映像のように描写すると、
夢らしい奇妙さが失われてしまうのです。
本当はもっと何層にも意味不明なものが絡まっていたはずなのに。

インタビュー記事でいしいさんも言っています。
「奥行きがあり、いろんな出来事が詰まった夢を、
 そのままの手触りで小説にするのには、
 すごく時間がかかります」

それはそうと、いしいさんのもう一方の名人芸、
その場の思いつきでつくってしまうお話、
なんと出版されるんですね。楽しみです。

子供の時って、よく思いつきのお話をつくりましたよね。
口から出たとたん自分でもびっくりするような、
めちゃくちゃな、うそっこのおはなし。
楽しかったなあ。
もう自分ではつくれないから。
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by otenki-nekoya | 2012-09-12 21:10 |

新ショウガのシロップ

箱の中に桃色の爪をした色白の太い指がごろごろ
‥‥近づいて覗き込んでみると、
たくさんの新ショウガです。

産地なので生姜は一年中出回っていますが、
皮をむく手間もアク取りの必要もない新ショウガで
簡単なジンジャーシロップを作りましょう。

新ショウガを洗って、すぱすぱ輪切りにします。
煮て干すと縮んでしまうので、結構大きめで大丈夫。
ざっと洗って鍋に入れ、ショウガと同じ重さの
砂糖をまぶしてしばらくおきます。

砂糖はなんでもいいのですが、
まだまだ暑い日が続くので、
ミネラルたっぷりのキビ砂糖にしました。
新ショウガは水分が多いので、
みるみる汁が出てひたひたになります。

鍋を火にかけて二、三十分、ショウガが柔らかく煮えて
汁が少し煮詰まったら煮沸消毒したビンに汁を漉して注ぎ、
熱いうちに蓋をして密封保存します。
炭酸やジュースなど何で割っても美味しいシロップができました。
今の時期は冷たいミルクに入れるのがおすすめ。

スライスした身のほうは、ざるにひろげて乾かします。
日射しが照りつけていても、俄雨がくるので気をつけて干します。
かちかちになる前、汗のように表面に蜜が浮いているくらいで
グラニュー糖をまぶして密封保存。

この新ショウガスライスの砂糖がけは
キャラメルのように柔らかいので
ついついぱくっと口に入れてしまって、

あははははは。かなり、ぴりぴりします。
甘くて辛くて癖になる。

このショウガスライスを頻繁に使うのは、
シナモン、カルダモン等のスパイスと
紅茶葉を一緒に煮て、ミルクを入れて作るチャイかな。

今回は真っ黒でこくのあるシロップができたので、
次回は白砂糖でさっぱりした
黄金のジンジャーシロップにしましょう。
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by otenki-nekoya | 2012-09-09 20:56 |

怪物の通る午後

九月になって風は涼しくなったようですし、
蝉の声もツクツクボウシが多くなりました。

けれど夏の終わりの強い日射しはあいもかわらず
コンクリートの建物群を白く照らしつけています。
そのでこぼこ四角い輪郭の向こう、水色の空を背景に、
巨大な薄紫色の不定形な怪物がゆっくりと移動してゆきます。
手前の学校の校舎よりも幅があり、上は雲に隠れています。

時折、細く白い枝のようなものが
体の脇から下へ、ひょい、ひょい、と伸びます。
耳をすませてみると、ツクツクボウシの声に混じり、
かすかにずうん、と低い音がするようです。
こちらに向かう様子もなく、明るい午後の光の中を
だらしなく崩れた怪物はゆっくり向こうを通り過ぎます。


翌朝の地方紙に、隣村の人が昨日の午後の怪物を
近くから──というか内部から──とらえた写真が載っていました。
青黒いくっきりとした柱が地上から雲に向かって伸びています。
沖合で激しく海水を巻き上げ、落雷を伴っていたといいます。
幸い上陸することなく、竜巻は半時間程で消えたそうです。

  あれはもう永久に姿を消しました。
  もともとあれの体を構成していたものにわかれてしまって、
  二度と存在することはできないでしょう。
  正常な世界ではありえざる存在だったのです。

強い太陽の光の中では、海に落ちる稲妻も、
ただの白い紙のように光を失って見えました。

あのとき薄紫色の塊の下に巻き込まれた舟がいたら、
甲板には巻き上げられた海水と
海の魚達が降り注いでいたかもしれません。
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by otenki-nekoya | 2012-09-04 21:01 |

ひそかな警告

夜十時前、遠くに防災無線のサイレンが聞こえたようでした。
何かあればすぐ咆哮する近所の消防署は沈黙しています。

やっぱり遠くで、今度はスピーカーで何かを告げている。

TV画面を見ると、『津波注意報』という
ぎょっとするようなテロップが。
続いて、震源地の表示。

南の島国です。遠い。

おそらく消防署では放送をするかどうか悩んだのでしょう。
この夏は川の氾濫だの落雷による火事だの夜更けに騒動が多く、
夜明けとともに仕事を始める人の多いこのあたりは、
夜はもう休ませてくれ、というような訴えもあった事でしょう。

おそらく住民を煩わせないように、海岸沿いのスピーカーでだけ、
「海岸や河口に近づかないで下さい」という放送を流したのです。

波が実際に届くとしても、夜半過ぎ。
空は満月を覆った雲で明るい銀色をしています。
沖から寄せて来る銀色の波があるとしても、
海辺の民を脅かすほどのものではない事を祈り、眠る事にします。

ようやく寝苦しい夜も去りつつあります。
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by otenki-nekoya | 2012-09-01 19:59 |
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日記


by otenki-nekoya
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