narcia

nekoya2010.exblog.jp ブログトップ

<   2011年 10月 ( 5 )   > この月の画像一覧

ハロウィン伝来

何層もの山に囲まれて、川が海に向かってひらいたこの小さな里に
引っ越して来た当時はハロウィンのハの字もありませんでした。

あれから四年。

町中の量販店ではオレンジと黒の飾り付け、
お菓子はおばけカボチャのハロウィン仕様、
スーパーの一画に素敵な魔女のとんがり帽子があったので
いくらかな、と近づいて見たら、
その場で仮装して写真を撮るコーナーでした。

さいはてのハロウィン伝道師はどうやらALTの先生達で、
藩政時代の家臣達の住居が遺る地域でも
子供達がtrick or treatを楽しんだようです。

実りの季、屋敷を訪なう異形の群。
「供物なくば禍事を為すぞ」
‥‥地元の神事と言っても違和感はない。

この里に籠っている間にも、世界は変わってゆきました。
楽しみも驚きも悲しみも祈りも
地球上どこに居ても共有される世界に。
[PR]
by otenki-nekoya | 2011-10-31 20:42 | 散歩

あしもとの芙蓉

雨はあがりましたが舗道のアスファルトは鼠色です。
不意に、鮮やかな桃色の拳ほどの塊に目が引かれます。
芙蓉の大きな花が、ふんわりと露を含んで道に落ちている。

落ちているのではありません。
花は雨粒の重さに地面に横たわっていますが、
ちゃんと緑色の茎と葉が出ています。
‥‥アスファルトの隙間から。

僅か20センチ程の茎に、立派に花を咲かせた
ど根性芙蓉だったのです。


書店に行った連れが、文庫を二冊買って来ました。
「ベッキーさんシリーズの前の二冊」
お気に召してなによりです。
「綺麗な表紙だね」
ああ、本当だ。
『街の灯』は桜と服部時計店、
『玻璃の天』は満月と皇居のお堀、
私が買うときはいつも文庫新刊なので帯を付けたままです。
外してつくづく表紙を見た事はありませんでした。
[PR]
by otenki-nekoya | 2011-10-30 20:27 |

鷺を五位にぞなされける

先週は雲一つない秋晴れが続いていたのに、
日曜日になると雨になりました。
あれほど空が青かったら、さぞかし海も青いでしょうに。

歩いていてみかけた町のイベントも小雨の中で、
ステージに雨よけのテントが張られています。
アンパンマンやバイキンマンの着ぐるみ五人が
ステージの上テントの下ぎゅうぎゅうに並んで
「用意はいいかなー!」と子供達にかけ声をかけると、
‥‥マルモリダンスを踊りはじめました。

不思議なコラボで盛り上がる会場から数歩で海岸、
薄墨色の空と波のない薄墨色の静かな海、
正面の水平線の上の空とその下の海だけ白く明るく、
薄暗い場内で照明のあたるステージを見るようです。

その中をふわり、と大きな影が舞い降ります。
このあたりではいつも見かける
「さぎ」

そういえば、『鷺と雪』の話の中に
お能の『鷺』のシーンがあるでしょう。
飛び去ろうとする鳥が、帝の勅に従って御前に伏す。
「ああ、雪のように白い鷺」
本当は白くはないんですよ。
「え?そんな事書いてあった?」
鷺が賜った位階は何でしたか。
「位階が関係あるの?」

平家物語にありました。
今は平家のせいですっかり軽んじられているけれど、
昔は帝の威光はものすごかったのだぞ、という例に。

 なんぢが宣旨に従ッて参りたるこそ神妙なれ。
 やがて五位になせ
               『平家物語』巻第五 朝敵揃

「五位‥‥偉いね、従五位下以上だから貴族だ」
五位を賜った鷺、ゴイサギは白くありません。
そこにいる蒼鷺に似た色で、もっと小柄です。
「アオサギも青くない」
馬だって黒いのにアオと言います。
英語だとそのまんまGrey heronですが。

薄墨色の空と薄墨色の海の中に薄墨色の大きな鳥が立っています。
青くはないけれど、とても美しい。
[PR]
by otenki-nekoya | 2011-10-30 19:22 |

この方、この方──

十月初旬の連休の日、用事を放り出し、
とるものとりあえず書店へ行きました。

町に一軒だけの書店では新刊本は大抵売り切れ後免、
一部のベストセラーを除いて店頭に並んだ時に買わないと、
後日再入荷する事はまずありません。
目当ての本は文庫新刊の定位置にひっそりと三冊。

よかった、あった。
私が書店員さんなら、おすすめ本コーナーに三部作揃えて展開するのに。
シリーズ最終巻ですが、畏れ多くも『直木賞受賞作』なんですから。
同じ文春文庫で同時に出たガリレオ先生シリーズなどは
最初から何十冊も並んでいて、途切れる事なく入荷するのでしょうけど。

一体何をそんなに読みたかったのだろう、と
呆気に取られた連れが手に取ったようです。
「思わず見てしまった──最後の話のはじめのところ」
表題作『鷺と雪』ですね。
「読むつもりはなかった。なかったのに、文章から目が離れなくなって」
佳い文章でしょう。
「ついつい読んでしまうね」
国民的作家・宮部みゆきさんが文学の『師匠』と呼ぶ、
国語の先生だった方です。
「師匠?でも宮部さんのほうが年上でしょ?」

お!つまり、「北村薫」さんは四十歳台以下の女性だと。
ふふふふふ。さすがは北村先生、覆面を取ってから二十年経つというのに、
ここにも文体の「たをやめぶり」に騙された者が。
ちなみに私は昔父が買って来た『空飛ぶ馬』を読んだ時、
作者は女子大生「私」ではなく、「円紫師匠」に近い人だろうと思いました。
しかし昭和初期が舞台のベッキーさんシリーズでは
語り手のみならず探偵役までが若い女性ですから、
書き手も女性と思う方が自然です。

私が大慌てで書店に行ったのは、早く読みたかったからではなく、
買っておかないと、この町に欲しい本が入らなくなるからです。
町で一軒の書店に、どういう読者層がいるのかを知らせるため。
ですから急ぎません、お貸ししましょう。

連れは最終話の『鷺と雪』をゆっくりゆっくり読み、
読み終わってため息をつくと、
冒頭から読みはじめました。
[PR]
by otenki-nekoya | 2011-10-27 20:35 |

美しき哉

夕刊に載った北杜夫先生の
訃報を読んでいた連れが言い出しました。
「お父さんの『斎藤しげきち』って歌人だったの?
ずっと作家だと思っていた」
ええっ、さいとうもきち知りませんか、
「もきち?もきちって読むの、ずっと『しげきち』だと思ってた」
『赤光』の、
「しゃっこー?」
あの『死にたまふ母』です、

 死に近き母にそいねの しんしんと
 遠田のかはづ

「あ、蛙の歌。聞いた事ある」
‥‥天に聞ゆる

 のど赤きつばくらめふたつ はりにいて
 たらちねの母は

「そうか、もきちは歌人だったのか」
‥‥死にたまふなり

「もきちの評伝でおおふつじろう賞」
『おさらぎ』です。
「大仏次郎賞‥‥よく見るけど、『おさらぎ』とは読めないよ」
でも今一瞬、『だいぶつ』だけは絶対違うな、と思って
別の読み方したでしょう。
一世代前の日本人は皆知っていました。
「有名な人?」
『鞍馬天狗』の作者です。

などと話している最中、TVのニュース番組もその話題になりました。
某公共放送のメインキャスターが、「まさに私の『青春の書』でした」と語ります。

そうですね、中学の時はみんな北先生の『どくとるマンボウ』と
遠藤先生の『狐狸庵先生』のエッセイシリーズを読んでいましたね。

男性キャスターが、隣の女性キャスターに「青春の書は?」と振りました。
「私は武者小路実篤を」
あさひさん真面目だなー、ここでむしゃのこうじ。
「私も五冊まとめて読んだ、武者小路実篤」
連れも頷いて言います。
うわ、こんなところにもむしゃのこうじ。
そういえば連れはトルストイも結構読んでいました。

恥ずかしながら私は白樺派は全く読んでいません。
知っているのはあの南瓜や茄子が並ぶ色紙くらい。
今や多くの人は「相■みつを」と混同しているかもしれません。

そういう事か。
こんなふうに中身は全く違う者同士でも、
仲良きことは。
[PR]
by otenki-nekoya | 2011-10-26 21:53 |
line

日記


by otenki-nekoya
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite