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セミはじまりました。

波の音が聞こえなくなったかわりに、
蝉の声が聞こえるようになりました。
ニイニイゼミです。
梅雨時にこんな青空は少ないので
これまであまり聞く機会はなかったのですが。

TVの前を通りがかると、
某公共放送の朝ドラの最後のシーンが目に入りました。
憚る事無く灯された街のあかりを見て、
主人公が戦争が終わった事を実感するという場面です。
なれば我らが戦はこれよりはじまる。
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by otenki-nekoya | 2011-06-29 14:23 | ベランダ

水泳の授業

正午に焼きあがる食パンを買いに
影のない白昼を果敢にも自転車で突っ走っていると、

水泳帽、水着にタオルを肩からマントのように羽織った
小学生の集団がぞろぞろぞろぞろと商店街を横切って行きます。
彼等の向かう先は小学校で、
こっちは‥‥海。

えっ、君達、海で泳いでたの?
このあたりの海岸は海水浴場以外は基本、遊泳禁止ですが、
先生が居れば、浜辺で水遊びぐらいしていいかな。
教室の窓から見えるし。
歩いて三分かからないし。
この日射しですし。

離れた部屋の中からでもずっと聞こえていた波の音も、
波がおさまったのでしょう、もう聞こえなくなりました。
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by otenki-nekoya | 2011-06-28 19:11 | 散歩

五月雨の降り残してや

台風は遠く去ったようですが、
海岸がすぐそこにあるように
波音がここまで届きます。

 三代の栄燿一睡の中にして、大門の跡は一里こなたにあり。
 秀衡が跡は田野になりて、金鶏山のみ形を残す。
 (平泉)『奥の細道』

「平泉」世界遺産登録、おめでとうございます。
昔、私が訪れた頃、復元中の毛越寺はまだ庭園の池と石組みばかりでした。
緑に覆われた今の様子を見ると、なるほど浄土の庭が甦っています。
金堂を護って来た覆堂はもとより、守り手なくしては遺らぬ人類の宝の
お世話を末代までどうかよろしく。
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by otenki-nekoya | 2011-06-26 17:30 | 美術

夏草の中

雨が止むといきなり暑くなりました。
夕方、久しぶりに自転車に乗れる、と
連れが準備するのを見ると、
真冬用のもこもこの裏付きウエア。
いくらなんでも熱中症になります、と止めると
「これが好きなのに」と不満そうです。
短パン出してありますから。
「ハミに咬まれて死ぬ!」
あの山には自転車に追いつくようなマムシがいるんですか。
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by otenki-nekoya | 2011-06-25 19:27 | 散歩

風露草と詰草

小さな水たまりを踏まないように、
舗装道路のほうが足下に気を使います。

傘の下でずっと灰色のアスファルトを睨んでいると、
忽然と一抱え程の小さな花園が現れました。
電光看板の足のステンレスを囲んで、
ベールをかけたような細い細い緑の茎と
畳まれてより細くなった小さな三つ葉に、
こんな小さな花があるものか、
というほど小さな粒粒の黄色の花の鞠。
その中に混じってまっすぐに立つ淡いピンクの五弁の花。
いずれも細かな露を宿しています。

郊外型大規模遊興施設のベストを着た店員さんが、
広い駐車スペースの奥から国道沿いまで出て来て、
よく新台の広告シートの張り替えをしたり、
雑草を抜いたりしているのを見かけます。

雑草といえば立派な雑草ですが、
帰化植物とはいえあまりに可憐な花なので
抜かずに残してあったのでしょう。
もののあはれを知るものかは。

ピンクの花は分かります、
ベランダで育てているセンテッドゼラニウムと同じ、風露草。
アメリカフウロでした。

黄色の粒粒の方は閉じた葉からマメ科かな、と調べてみたら
白詰草などの仲間の、コメツブツメクサ、というようです。
米粒なんかより、芥子粒なんかより、
まだまだ小さな花なのですが。
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by otenki-nekoya | 2011-06-20 14:19 | 散歩

緑の露

降りやむわけではないけれど
重い雲が去って一列目の山が見えて来ました。
いつもは何層にも重なって高い山並にしか見えないものが
こうやって一番手前の山だけ見えると、
思いがけず低く、小さな獣のように手で撫でられそうです。

部屋の前を流れる川に注ぎ込む用水路を遡って辿ります。
一間くらいの幅の水路でもこの時期は堰を落ちる水音が轟々と。
小水力発電に使うと良い、などと最近言われますが、
水は無限に流れども、そう簡単に誂えられる価格でもないようです。

様々な緑の木々の混じるこんもりとした里山を背に、
足下に山から引いた水を張った田を見下ろして、
旧い集落が雨の中に佇んでいました。

集落の中の路地は昔のままの幅なので、
傘をさすと一人ずつしか通れぬほどです。
富農らしき立派な屋敷や、
木造の背の高い葉煙草の乾燥場などが混じる中、
屋根の下の漆喰壁が群青色をしている家が何軒かあります。
海から遠くはないけれど海の見えぬこの集落に、
海の色をした壁があるのは何故。

雨が多いとされる地なので、材も漆喰も瓦も雨に馴染み、
旧い家でも感じ良く、里山と田畑に調和しています。
雨の中でみすぼらしく見えるのは、
新しくてもこの地に馴染まない建物なのでしょう。

路地の上に重くしなった枝先を、
前を行く連れの高い傘が跳ね上げました。
ばっしゃあん、という勢いで大量の雨粒が
あとに続く私の傘を滝のように叩き付けます。

傘をさしていなければびしょぬれになるところでしたよ。
あなたはバス停のトトロか。
それにしてもこんなに大量の水を含んでいたのは
何の枝だろう、と振り返ると、

緑の葉の下、枝いっぱいの丸い青梅。
私が浴びたのは梅の露だったのです。

水を落とした青梅の銀色の産毛に、
また小さな露がたまってゆくのをしばし見上げます。
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by otenki-nekoya | 2011-06-19 14:27 | 散歩

真の緑

どれほどの豪雨でも、まっすぐ落ちる雨であれば、
ベランダの椅子とテーブルが濡れることはありません。

雨が多くなると実が割れるので、
このあたりでは最盛期を終える
フルーツトマトを煮詰めたソースでパスタ。
滝の裏側に居るような中でのランチです。

ぴたり、と雨がやんだので外に出ます。
新芽若葉は全て真の青葉となり、
雨に洗われ露を含んだ大樹が鬱蒼と茂っています。
「みどりがきれい」
ぽかんとした様子で大樹を見上げた連れがいいます。

海は濁って柔らかい緑色ですが波が高く、
浜で砕けて飛沫があがっています。
このあたりの空は明るいのですが、
湾の向こうに山並のように見える濃い灰色は雨雲です。
浜に並んだ小魚の干場もこんな天候では商売にならず、
低い台の列に手持ち無沙汰な鳶が一羽とまっているだけです。

人気のない干場にのこのこ入っていった連れが、
足下を指差してきょとんとしたように言います。
「こんな雑草まで、こんなにきれい」
白い砂礫を覆って鮮やかな緑のビロードのような群生が。
この色はたぶん、表面構造が普通の葉とは違うのだと思います。

あれ?
美しい緑の葉先を寄せると、先端の葉に隠れて
下の葉のわきに小さな黄色の花が。
これも、これも、これも。
「あ、ほんと」
濃い緑の中に点々と蛍が光っているようです。

あとで調べると、「ツルナ」という海浜植物でした。
表皮にガラス状の粒子がついているとの事で、
乾けば銀色の粉が、濡れて鮮やかに発色したのでしょう。
干せば生薬となり、蕃杏(ばんきょう)、
またの名を浜千舎(はまじしゃ)と言うそうです。

雨がぱらぱら落ちてきました。
坂を下り、近くのスーパーに向かいます。
緑の山が近づくと、鳴き止まないホトトギスが、
雨の森の中で今週も鳴き続けています。
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by otenki-nekoya | 2011-06-12 18:51 | 散歩

今眼前に古人の心を閲す

『奥の細道』を傍らに置いてあります。

芭蕉が訪ねた土地は、基本、古人が歌に詠んだ、古くから往来のある地域で、
今回の震災で直接被害の甚大だった地域とはあまり重ならないはずです。
私も昔行きました。白川の関。松島。平泉。

読み返すと、以前は気にとまらなかった地名が現れます。

 右に岩城・相馬・三春の庄 (須賀川)
 
「いわき」と「相馬」。

 名取川を渡って仙台に入る (宮城野)

以前は気にとまらなかった部分が、強く響きます。

 むかしよりよみ置ける歌枕、おほく語り伝ふといへども、
 山崩れ川流れて道あらたまり、石は埋て土にかくれ、
 木は老いて若木にかはれば、時移り代変じて、
 其跡たしかならぬ事のみを、爰に至りて疑いなき千歳の記念、
 今眼前に古人の心を閲す。
 行脚の一徳、存命の悦び、羇旅の労をわすれて泪も落るばかり也。
(壺の碑)


芭蕉が、聖武天皇の御時に造られた城跡の文字もかすれた石碑を見て、
古人の心に触れた思いをします。
この部分を、キーン博士は「最も感動的な場面」と指摘していました。

 この一節は、きわめて大きい意義を持っている。
 「国破レテ山河ハ有リ」と吟じた杜甫は間違っていた。
 山川もまた国とともに滅びる宿命を担ったものである。
 ‥‥‥それが芭蕉の言いたいことであった。
 だが、山が崩れ、川の流れが改まっても、詩歌だけは変わらない。
 詩歌に詠まれた歌枕は、その土地の自然よりも長生きする。

            『日本文学史』近世篇・第三巻 「松尾芭蕉」
            (著/ドナルド・キーン 訳/徳岡孝夫  中公文庫)
      

碑が記したこの城の名は多賀城。
なにもかもが消え去っても、誰かが語れば、
消えたものたちも言葉となって残る。


「多賀城」の名が聞こえたのでTVを振り返ります。
迷彩服の兵士達の首に、多賀城の園児達が手作りの
「ありがとう」メダルをかけてあげる場面でした。
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by otenki-nekoya | 2011-06-09 20:28 |

反物質を置いといて

「反物質を置いとけるんだって!」
一千秒の間。
「反物質って、宇宙が出来た時、物質とぶつかって消えたんでしょ?
で、全体の数がなぜか物質のほうが多かったのでこうして残ってる」

そのものずばり『消えた反物質』(著/小林誠 講談社ブルーバックス)
という本が、これこのとおり、あります。
粒子と反粒子が対等ではなかった、という「CP対称性の破れ」について
解説されているというので、南部先生の『クォーク』と一緒に、
小林先生ノーベル賞受賞記念に買ったんですが、こっちは読みかけのままで。
「置いといて」

読むんですか?じゃ、ここに置いときます。
素粒子の名称や特徴もだいぶ分かるようになったので、
今だったらちゃんと読めるかもしれません。
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by otenki-nekoya | 2011-06-06 20:25 |

近江屋

TVドラマ『仁』ですが、坂本さんはもう近江屋に居ます。
「一体どうなっちゅうが?
去年、龍馬を斬った男が一緒に居るが」
羽織の紋を見て下さい、この人は中岡慎太郎です。
「慎太郎?今度は斬られる方に回ったが?
ようわからんキャストや」
役とはいえ、亀様も大河で坂本さんを斬って、
寝覚めが悪かったのでしょうかねえ。

というか、このスリーショット、
殿と、勘助と、平蔵ですが。
「『風林火山』や!」
ますます謎のキャスティングです。
「内野さん、『蝉しぐれ』の頃はかっこよかったに」
‥‥いわれてみれば、あれは色白の役でしたね。
勘助以降、見た目は野性的でむさ苦しいが実は切れる男、が
すっかりはまり役になっちゃって。
来週くらい、斬られるでしょうか。
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by otenki-nekoya | 2011-06-06 16:21 | TV
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日記


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