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御一新を生き残れ。

昨年末、普段あまり本を読む暇のない連れが、
正月休みに読む本が欲しいと言ったので、
『フェルマーの最終定理』(著/サイモン・シン 新潮文庫)を
絶対のめり込む鉄板本として貸したところ、
「これは面白かった!ここ数年読んだ中で多分一番!」と
大喜びされたのは良かったのですが、
その後は何か手軽に読めるものを買おうと思っても、
「何を見てもなんか俗っぽくて読む気にならん」
と、しばらく言っていました。
と、突然。
『武士の家計簿』(著/磯田道史 新潮新書)を買ってきました。

意外‥‥でもないか。
適度に現実から離れていて、適度に現実と地続きで。
全国紙に連載されている磯田先生の歴史コラムが面白くて、
良くそのネタをとりあげながら、
「ほら、書評で人気の『武士の家計簿』書いた人ですよ」
と私もしょっちゅう話題にはしていましたから。

「なかなか面白いよー」と読んでいるのをひょいと借りて
ぱらぱら流し読むと、確かに面白い。

普通の人にとっては何の価値もない段ボール一箱の古文書から
つましいながら格式は重んじなければならない武家の暮らしぶり、
幕末・維新後の激動を乗り越える様までが、生き生きと語られています。
時代劇を見るときの貨幣価値も実感できて便利です。

幕末から明治の始まりの頃の武家の家の中の騒動といえば、
私は祖母から、祖母の父と姉達が子供の頃見聞した話を
面白可笑しく、まるで目の当たりにするように
語って聞かされていましたからいよいよ親近感が増します。

曾曾祖父は藩士だから御一新の後も県職員にスライドしたのは当然、
と思っていたら、士族で官職にありつけたのは16%だったそうです。
官軍と幕軍の藩ではまた差もあるでしょうが、
多くの武家が禄を失い困窮し、職を求め事業を興して失敗して行く中で、
『武士の家計簿』の「猪山家」は藩政時代には低く見られていた
ずば抜けた算術の能力を駆使し、新政府では見事官職をゲットします。

うちの曾曾祖父の場合も専門職だから仕事を失わなかったのか、
それとも表向き何喰わぬ顔で藩の仕事をしながら
裏でこっそり尊王派を支援していた読みが当たり、
新政府にコネができていた、とみるべきでしょうか。

とにかく武家の嗜みに厳しかったという曾曾祖母に
大正モダンガールの祖母は(私、お侍じゃないのにぃー)と
毎回心の中でこっそり不平を言っていたそうですが、
文句をいいながらも煩瑣な儀礼行事を祖母が欠かさなかったのは
武家の有り様の名残を身にしみこまされていたのでしょう。
藩政時代の「猪山家」の、禄を越える出入りで首の回らない大忙しの日々を、
再び訪れた激動の時代の最中では、なにやら懐かしいように感じます。
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by otenki-nekoya | 2011-01-27 16:17 |

大寒満月

満月が見えるかな、とベランダに出てみると、
幅の広い明るい白い帯と真っ暗な黒い帯が
縞縞になって夜空を横切っていました。
複数の幅広いサーチライトが射すようにも見えます。

すっかり雪を落として薄く軽くなった冬型のすじ状の雲が
高く昇った真冬の満月に照らされて
形だけは真っすぐに保って
純白のベールを並べたように見えるのです。

反対側に回り、こちらも幅広い白と黒の縞の空を
首を伸ばして見上げると、
ちょうど雲の帯のまん中に入った満月は
淡い虹の輪をまとって天高く淡く輝いています。
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by otenki-nekoya | 2011-01-20 13:29 |

Echigo の國

幼い頃日本一の豪雪地帯の一つに住んでいた事があります。
その時で都市部の人が一生で経験するくらいの分の
雪はもう済ませたつもりです。

連載が再開された新聞小説に、なにげなく目がとまりました。
流刑の地にある主人公が、不思議な行列を目にする場面です。

 大勢の土地の者達が集まって地べたに這いつくばり
 「ゲドエン様」「ゲドエン様」と伏し拝む異相の聖者を、
 事情の判らぬ主人公は立ち尽くしたまま眺め
 『外道院金剛』という幟の文字を読む。

流罪ではなく親の転勤で行った豪雪の町は、
「イ」と「エ」の発音の区別があまりない地域だったそうです。
汽車で長いトンネルをいくつも抜けて引っ越した先の、
それまで生まれ育った首都とは違う言葉に
幼かった私がどう反応したのか、覚えは全くありません。

いつも遊んだ板塀の向こうのヒデちゃんも、
通りがかるとクッキーをくれた肉屋のお姉さんも、
ミーの飼い主で、ピアノのあるお部屋で
紅茶をごちそうしてくださるおばさまも、
幼稚園の友達も先生も、話した内容は覚えているのに、
標準語に変換されてしまって、音が耳に聞こえてこない。

数年して、遥に離れた雪も雨も降らない土地に引っ越したときは
さすがに気候の変化と共に言語の大幅な違いに気付きましたが、
そこの現地語ネイティブになる間もなく
今度は雪は降らないけれど雨が底抜けに降る
古語の影響が残りインパクトの強い現地語の土地に移り、
そのころにはもう絶対方言を身につける年齢を過ぎてしまっていました。
親も同じように転勤ばかりの幼少時代を送って
どこのネイティブともならず、家庭内言語もなんとなく
標準語のまま引っ越しを続けていたのでした。

そんな訳で、ゲドーインをゲドエンと発音する民のくだりを読んで、
ああ、あのへんはそうだった、と思った訳です。
音は思い出せないけれど、豪雪の町で、
父が「これ見て」と指したポスターに、
『デューク・イエセス来る!』
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by OTENKI-NEKOYA | 2011-01-17 13:59 |

後白河天皇 VS 崇徳院

新聞に載っていたセンター試験の問題を見て、
思い出した事がありました。

 かくあるべしと知りたらば、六人の子供、前後に立て、
 矢種のあらん限り射尽くして、討ち死にして失せたらば、
 名を後代にあげてまし
 『保元物語』

我が子義朝の手にかかるとは、あはれなるかな為義殿。

そうだった、五年前に岩波文庫の『平家物語』全四巻一気読みし、
その文体のあまりの格好良さに、順番が前後したけれど、
次は平家物語エピソード0に当たる『保元物語』を読むぞ!
わざわざ白峯寺の崇徳院御陵まで行って来たんだ!

‥‥と思っていたのに、『保元物語』岩波文庫版、品切れなんですね。
来年の大河ドラマは平清盛なので保元の乱は見せ場だし、
センター試験にも取り上げられた事だし、
岩波さん、再版お願いします。
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by otenki-nekoya | 2011-01-16 17:20 |

Snow globe

明るいちぎれ雲が空を走り
陽がさんさんとさしていて
硝子の中にいると暖かく感じますが

水をいっぱいに満たしてベランダに置いてあった
じょうろの上面に厚い氷が張っています。
気温はそれなりに低いのです。

反対側の窓から山々の連なる外を見ると
真正面の一番奥の山ひとつだけが真っ白く
そのうえの雲との間がかすかに白く煙って
あそこにだけ雪が降っているのです。

そうではなくて。
あそこより外側全部に、雪が降っているのです。
ニュースを見ても、ひたすら全国の大雪の情景ばかり。
雪を落とした名残の、身を切るような北風の中を歩きながら
不思議な気分で眩い空を見上げます。

小さな家と小さな針葉樹と、時には雪だるまなどを配置した
液体の詰まった硝子の球を逆さまにして、もとの位置に戻すと、
硝子の中だけが降りしきる雪景色になるあの玩具、
ちょうどあれの反対みたいです。

小さな里の中だけが明るい日射しに包まれて、
その外側の世界は、全て降りしきる雪。
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by otenki-nekoya | 2011-01-16 13:27 |

厳寒

冬の間ほとんどの日は陽が当たるので、
朝方冷え込んでも昼間はさほどでもないのですが、
曇るとひどく寒い一日に感じられます。

年を越して、部屋の窓の下のセンダンに
鈴なりになっていた金色の実が白っぽく乾いて
鳥達に食べられて残り少なになりました。

何か音がするなあ、と見下ろしたら
こんなに寒いのにムクドリ達がわざわざ水浴びをしています。

天気予報は雪でしたが、この里で雪が降る事はないでしょう。
茶色や緑や青のいろいろな色の層になって見える
半円形に里を囲む山々の、一番奥のてっぺんが白く見えたら
それが雪の終点です。
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by otenki-nekoya | 2011-01-15 13:26 | ベランダ

初春

海まで歩いて五分、といっても湾なので、
遠くに見える岬を越えて行かなければ
海から昇る初日を拝む事はできません。

たいていはひとっこひとりいない海岸に
幼い子供に郷里の海を見せようと
家族連れが何組かちらほらと訪れています。

一面の青い空。
一面の青い海。
一面に当たる日射し。

他は何も無く、風さえないから波もなく、
透明な水がさらさらと浜に寄せて重なります。

一人のお父さんが凧をあげてみせようとするのですが、
風がないからいかんともし難く、
低く振り回される凧を子供達が追い回すという
本来とは全く目的の違う遊びになっています。

もったいないくらいの暖かい日射し。
のどかな春で御座居ます。
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by otenki-nekoya | 2011-01-02 13:24 | 散歩
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日記


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