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りゅうぜんこう

三方を山に囲まれて、花粉の雨が降るようです。
この時期、外に出るには海辺を通るしかありません。

白く日に晒された白木の扉を閉ざし
周囲に溶け込んだ小さな祠を眺めていると、連れが言います。
「海沿いに自転車で走っていると、ぽん、ぽん、と、
どこまでいってもおんなじようなのがあるよ」
小さな鳥居と小さな祠。鳥居に掲げられた額。
「ぜんぶ、えびす神社って書いてある」

海の恵、海からの漂流物はことごとく『えびす』と呼ばれるのです。

潮が満ちているので、大きな丸石をごろごろと踏みながら
流木以外の漂流物はほとんどない波打ち際を歩きます。

「このまえ、イギリスの海岸で犬の散歩中に
なんか珍しい香料を拾った人がいたでしょ」
ああ、アンバーグリス、龍涎香。
「香水とかに使ってた、ものすごく高いものだってね。
いっせんまん?」
そんなにはしません。

数年前、土俗的な恐怖を感じさせる作風の女性作家の短編で、
やはり海岸で龍涎香を拾ったけれど
高価なものを手に入れたというので人間関係は不和になり、
あげく流通ルートを外れているので買い取り手はない、
という忌々しい話を読んだ事がありますが。
今ならネットで話題になれば高く買ってもらえるのかもしれません。

このへんにも落ちてないかなあ、などと
足下を探すような面倒な事ははなから考えず、
青い穏やかな海を眺めながら歩きます。

「その香料、クジラがつくるって本当?」
抹香のような良い匂いの香を持つ鯨だから抹香鯨、と言うのです。
マッコウクジラがダイオウイカを食べると
嘴のところが消化できないから、分泌物で固めて
「ダイオウイカ?えっ、でもダイオウイカは千メートルの深海にいるでしょ」
そうです。
「マッコウクジラって20メートルもないよね」
18メートルくらいですか。
「そんなに潜れるの?」
潜れますよ。
「息できないよ」
止めます。
「千メートル往復を?」
一時間止めます。
「すごいなあ」

初めて龍涎香やダイオウイカの事を知ったのは
子供の頃に読んだ父の蔵書の澁澤作品あたりでしょうか。
こんな知識を現実の世界に持ち出す事は
生涯あるまいと長い間思っていたのに。

TVの画面にその姿が映し出されて
「りゅうぜんこう」「だいおういか」
こうやって現実に口に出せる日がこようとは!

穏やかな海面からはその下の宝を窺う事はできません。
あのずっと先の、と連れは水平線を示します。
「海底にはレアアースもいっぱいあるんでしょ」

それは五千メートルの深さです。
by otenki-nekoya | 2013-02-24 22:40 | 散歩
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日記


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